パンとバックスキン

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パンは食べて食べて、飽きないものですね。まあ、主食とはそういうものでしょうが。
日本でのパンは、幕末にすでにあったんだそうです。軍用としての、パン。軍用食糧として。飯に較べて、携帯に便利だと考えられたのでしょう。
では、誰が最初に、軍用としてのパンを焼いたのか。江川太郎左衛門。幕末、江川太郎左衛門は、韮山のお代官であった人物。そして唯一の砲術指南でもありました。
幕府から特に許されて、西洋砲術を教えていたのです。西洋砲術を教えるくらいですから、当時としては新しい考え方を持ってもいました。
それで、長崎の学者、高島秋帆に教えてもらって、パンを。韮山の代官屋敷の庭に、パン釜を作って。はじめて試作のパンが焼き上がってのが、天保十三年十二日のことだったと、伝えられています。
今、毎年の6月12日は「パンの日」なんだそうです。このパンの日は、江川太郎左衛門の試作の日に因んでいるわけですね。
パンが出てくるミステリに、『ブラック・ヴィーナス』があります。1985年に、アンジェラ・カーターが発表した物語。

「パン、肉、キャベツ、ポテト、彼女が作る重い食べ物が夫人を作り出している。」

これは自宅に、「ブリジット」という料理人を雇っていて。彼女がたまたまアイルランド人なので、「重い食べ物」となるわけですね。
『ブラック・ヴィーナス』には、こんな描写も。

「最初に住んでいたインディアンたちは、暑い季節がやってくると、バックスキンを脱いで首までどっぷり池に浸かるという知恵を持っていた。」

バックスキンは、b uck sk in なんですね。雄鹿の革なので、「バックスキン」。ネイティヴ・アメリカンは、長時間、煙で燻すことによって、雄鹿の皮を鞣して、革にしたんだそうです。
バックスキンのジャケットを羽織って、美味しいパンを探しに行きましょう。

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