コーヒーは、庶民の秘薬ですよね。
一杯のコーヒーは心の疲れを癒してくれますから。
本を読んでいてそろそろ飽きてきた頃に、美味しいコーヒーを味わいますと、また、本の世界に戻りたくなるものですね。
日本には日本のコーヒーがあります。アメリカにはアメリカのコーヒーがあります。では、コーヒーの都はどこにあるのか。私の理想だけを申しますと、ウィーン。
ウィーンはコーヒーの宮殿。いや、コーヒーの神殿ではないでしょうか。
第一、ウィーンのカフェはまるで宮殿のようですから。広いし、豪華で、泊めてもらいたくなるほど。
第二にコーヒーの種類が、多い。第三に、サービスがよろしい。たとえば、コーヒーに添えて美味しい一杯の水が出てきます。ウィーンの水の質には定評がありますからね。
「小さなタッスのコーヒは、全心身に陶酔的にしみわたり、むせるやうな芳香と、甘い苦味に永い余韻を漂はせてゐる。」
昭和八年にウィーンを旅した洋画家の、和田三造は紀行文『ウィーンの持つ滋味』の中に、そのように書いてあります。
これはウィーンのオペラの近くのカフェでの様子として。和田三造は、「コーヒ」と書いているのですが。
和田三造はウィーンのコーヒーだけでなく、カフェそのものについても。
「ヨーロッパでコーヒ店の組織の都合よく出来ているところは、むろんウィーンであるに相違ないが、」
このようにはじまって、えんえん、ウィーンのカフェそのものを褒めちぎっているのです。
「ウィーンのコーヒーは種類の多さでも楽しめる。ミルクコーヒーのメランジェ、ホイップクリームをのせたアイスペンナーなど、コーヒーという飲みもの自体の印象が一変するほどの味の工夫がされている。」
大学教授の宝木範義は、『ウィーン物語』の中に、そのように書いてあります。
ウィーに旅したお方は、そこでのコーヒーの味に必ず魅せられてしまうようです。
「私はテラスの一隅に席を占める。日本からやってきた旅行者が、こうして気軽にメランジェのカップを手にすることができる ー
時代も変わったものだとつくづく思う。」
評論家の森本哲郎は、『ウィーン』に、そのように書いています。
これはウィーンのカフェ、「カフェ・インぺリアル」でのこととして。
ウィーンでのコーヒーが出てくる小説に、『ウィーン五月の夜』があります。ドイツの作家、レオ・ぺルッツが書いた短篇集。
「食後のブラックコーヒーが五クローネ。」
また、こんな文章も。
「カフェに入れば、朝食に白コーヒー、バター、卵やハムがいくつでも好きなだけ出てくる、」
ここでの「白コーヒー」は、フランスでいうカフェ・オ・レに似た飲物。
この『ウィーン五月の夜』には、こんな描写も出てきます。
「今オデッサで新品のスーツは、正真正銘掛け値なしに丸々一二00ルーブルするのだ。」
「スーツ」は、英語。ドイツ語では、「コステューム」
kostum になるんだそうです。
どなたか1910年代のコステュームを仕立てて頂けませんでしょうか。