ロマンは、浪漫のことですよね。でも、これはカタカナを漢字にしただけで、何の説明にもなっていませんが。
ロマン r om an をフランス語して解するなら、「小説」だしょうか。
「さて、諸君、小説とは大道にそうてもち歩かれる鏡のようなものだ。」
スタンダールは、『赤と黒』の中で、そんなふうに言っています。この「小説」とあるところ、原文では r om an になっています。とりあえずロマンとは小説なりといって、それほど大きな間違いではないでしょう。
小説で想い出すものに、『吾輩は猫である』があります。この中に。
「主人はまたやられたと思ひ乍ら何も云はず空也餅を頬張つて…………………。」
主人宅に友人が訪れて歓談している場面。もちろん、「寒月」もそのひとり。「寒月」が寺田虎彦であるのは、今では通説になっています。
「いつでも上等の生菓子を出された。美しく水々とした紅白の葛餅のようなものを、先生が好きだと見えてよく呼ばれたものである。」
『寺田寅彦随筆集』には、そのように出ています。「先生」が、夏目漱石であるのは、いうまでもないでしょう。
つまり、漱石は「葛餅」がお好きだった。で、それを客にも出した。なにも「空也餅」ばかりではなかったらしい。
フランスで、ロマンでということになりますと。一時期、「ヌーヴォー・ロマン」が叫ばれた時代があります。たとえば、クロード・シモンなどは、ヌーヴォー・ロマンの代表者だったでしょう。
クロード・シモンが1960年に発表した小説に、『フランドルへの道』があります。この中に。
「縞のズボンにグレーのシルクハットあざらしの口髭を生やしボタン穴に勲章の略綬をつけた……………………。」
「略綬」は、略式の勲章のこと。フランスでは「ロゼット」r os ett e 。
具体的には、襟穴の、赤い縢糸のこと。このロゼットもまた、テイラーの仕事になっています。
もし、客のなかに、レジョン・ドヌールの資格を持つ人がいたなら、普段着のスーツには、ロゼットをつけることになっているのです。
ロゼット。私にとってはロマンの上だけのことではありますが。