伊達と大礼服

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伊達は、粋なことですよね。「伊達や酔狂で」なんて言い方は今も生きているでしょう。
あるいはまた、「伊達巻」。お節料理には不可欠のものであります。
伊達巻は、おしゃれと関係が。むかしは女の人の着物の着方に、「伊達巻」というのがあったんだそうですね。やや簡略な帯の結び方として。
その女の人の伊達巻の様子に似ているので、料理のほうにも「伊達巻」があるわけですね。
「伊達の薄着」だとか。粋のためには薄着もあったでしょう。「伊達の薄着で風邪をひく」とは、耳にタコができるほど聞かされたものであります。おかげさまで私の場合は、寒さに強い肌持つ結果となりましたが。
伊達が出てくる小説に、『故旧忘れ得べき』があります。高見 順が昭和十年に発表した物語。

「………それは丁度篠原が現在胸ポケットの伊達のハンカチの奥に……………………。」

たぶん、ポケット・ハンカチーフのことなのでしょう。まあ、今は伊達といえば伊達ですが。十九世紀には、手を拭くための実用でもあったのです。胸ポケットなら、右手で扱いやすいので。次に使うまでには、乾いてくれているので。

「………フロック一枚に伊達を飾りし平民が……………………。」

明治三十一年に、内田魯庵が書いた『政治小説を作るべき好時期』にも、このように出てきます。明治三十年頃の「平民」ですから、「フロック」を着ることもあったのでしょう。
『政治小説を作るべき好時期』には、こんな文章も出てきます。

「………或いは大禮服の算段に魂膽を凝らす者……………………。」

これはどういうことなのか。
明治になって、正服が定められて。貴族の正装は、大礼服に。ところが貴族といえども大礼服の値段はホネで、新調するのに、苦労したという話なのです。少なくとも高級自動車一台分くらいの値段だったという。
明治十七年十月二十五日に。「大礼服令」が出されています。金糸で「五七の桐」を刺繍することと定められていたのです。それは高価だったでしょうね。
どなたか現代版の大礼服を仕立てて頂けませんでしょうか。

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