れーこーとレインコオト

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れーこーは、アイス・コーヒーのことですよね。これはたぶん、「冷コーヒー」から来ているのでしょう。
「れーこー」はれっきとした日本語であります。少なくとも昭和四十年代までの、関西の喫茶店に入って、「れーこー!」。たったこのひと言でアイス・コーヒーがあらわれたものです。
でも、今、手許の「国語辞典」で「れーこー」を探しますと、出ていませんでした。関東で言うところのアイスコーヒー。それを関西語では「れーこー」と呼んだものですが。私のアイスコーヒーは、簡単至極。
ドリップで二倍の濃さの珈琲を作って。これを氷で満たしたグラスに注ぐだけ。お手軽にアイスコーヒーの完成。もう少し欲張りますと、上にアイスクリイムを浮かべて。
逆にアイスクリイムを沈めるのが、アフォガート。イタリア式のアイスコーヒー。
「アフォガート」aff og at は「溺れる」の意味なんだとか。アイスクリイムをエスプレッソで溺れさせるので、「アフォガート」。
このアフォガートがお得意だったのが、井上ひさし。夏、鎌倉のご自宅に客があると、御自ら、アフォガートをお作りになったという。
明治二十四年の東京に、アイスコーヒーがあったという話。石井研堂著『明治事物起原』に出ています。
場所は神田、小川町の「函館屋」。「函館屋」は当時としては珍しい氷屋で、ここで氷水などを飲ませたんだそうね。
氷水、一杯、一錢。石井研堂はそのように記録しています。
れもん氷、二錢。氷玉子、四錢などとも出ています。「氷玉子」って、どんなものだったのでしょう。
そんな中のひとつに、「氷コーヒー」、二錢五厘。今の時代なら、250円くらいの感じでしょうか。
この「函館屋」は当時有名で、後に銀座にも店を出したらしい。
コーヒーが出てくる小説に、『考えるロボット』があります。1962年に、
ジョルジュ・ランジュランが発表した物語。
ジョルジュ・ランジュランは、1908年に、パリに生まれたイギリス人。物語にコーヒーが出てくるのも、当然でしょうが。

「ルイスはブラック・コーヒーを注ぎ、ひといきに飲んだ。」

なぜなら、ルイスは、深い考え事をしたいと思っていたから。また、『考えるロボット』には、こんな描写も出てきます。

「………その上、レインコートのポケットには、ハンカチに包んだ鍵と懐中電灯がある。」

もちろんこれも、ルイスのレインコオトなのですが。
雨はレイン。雨の日に着る外套ですから、「レインコオト」なのでしょうね。
日本にも明治以前に、「雨合羽」があったらしい。雨合羽の前はと申しますと、蓑でしょうか。
蓑の原料は、藁。藁を長くつなぎあわせて、ケエプ状に。これを着物の上に羽織って、雨合羽に似たものに。今、洒落て申しますと、「ストロー・コオト」でしょうか。
冗談はともかく「レインコオト」の名前自体は、明治期からすでに使われていたようです。
夏目漱石の『彼岸過迄』にも、「レインコート」が出てきます。

「辭退するのを、自分もまたゲートルを巻き、レーンコートを着て、途中まで送つて行くことにした。」

大正十四年に、葛西善蔵が発表した『血を吐く』に、そのように出てきます。これは雨の日に、自宅にやって来て友人を、駅まで送る主人の様子なんですが。
葛西善蔵は、「レーンコート」と書いています。明治期には多く「レインコート」で、大正期になって「レーンコート」の表記が多くなったのでしょうか。
どなたか現代に映えるレインコオトを仕立てて頂けませんでしょうか。

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