パリとハイボタン・スーツ

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パリは、美食の都ですよね。マドレエヌ寺院のあたりを歩きますと、よだれが湧いてくるほどです。
パリはまた藝術の都でもあります。優れた美術館がたくさんありまして。つまりパリはいろんな顔を持つ街なのでしょう。
そんなパリの顔のひとつに、「飛行」があるのですね。「近代の飛行史はパリにはじまる」。そうも言いたくなってくるほどです。
広く識られているところでは、サントスデュモンの例があるでしょう。1900年に、
サントス・デュモンは「飛行船」を完成させています。16馬力のエンジンを搭載して。
サントス・デュモンはもともとブラジルの富豪。広大なコーヒー農園の息子だったのです。でも、当時はパリで、優雅な暮しをしていたこともあって。
サントス・デュモンよりも早く、ヘリコプターの模型を発明したのが、アルフォンス・ぺノオ。アルフォンス・ぺノオは、フランス人。ゴムでプロペラを回すと、機体が浮上することを、発見したのです。1876年には、特許を得ています。
これこそ今日のヘリコプターの最初だったのですね
アルフォンス・ぺノオは実際のヘリコプター以前に、オモチャのヘリコプターを売り出しているのです。ゴムを巻くと、プロペラが回転するオモチャの。
このヘリコプターのオモチャを買ったのが、ミルトン・ライト。アメリカ人牧師でありました。1878年のことです。
ミルトン・ライトはそのヘリコプターのオモチャを息子たちにプレゼントしたのであります。
ミルトン・ライトの息子の名前は、ウィルバー・ライトと、オーヴィル・ライトだったのです。歴史の本で、「ライト兄弟」と記されている人物に外なりません。
1878年に、ミルトン・ライトが息子たちにオモチャのヘリコプターを与えていなかったなら。飛行機の発明はもう少し遅れていたのかも知れませんね。
一般に「ライト兄弟」と呼ばれるように、ウィルバーとオリヴァーの二人は、とても仲良しだったそうですが。また、まるで双子のように、声や文字までそっくりだったと、伝えられています。
1909年に写された、有名な「ライト兄弟」の写真があります。それというのも、ライト兄弟は揃って、写真があまりお好きではなかったので。
撮影場所は、オハイオ州デイトン、ウエストエンドの実家の前で。兄弟はふたりとも、ベランダに腰を下ろしています。
ウィルバーが、四十二歳。オーヴィルが、三十七歳の時に。
ウィルバーも、オーヴィルも当時のサック・スーツ姿。パンツの裾口には、折り返しがつけられてはいません。
兄は編み上げ式のブーツ。弟は紐結び式の短靴を履いています。
これはその時代のミルトンの着こなしに倣ったものだったのでしょう。牧師のお父さんもそんなスーツ姿だったのですから。
シングル前の、三つボタン型のスーツ。
1909年頃のアメリカでは、ハイボタン・スーツが主流だったことが窺えるに違いありません。
サック・スーツの基本も、ほんとうはハイボタン・スーツだったのです。
どなたか1900年代のハイボタン・スーツを仕立てて頂けませんでしょうか。

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