ドナルド・ダックとトゥイード

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ドナルド・ダックといえば、「ディズニー」ですよね。
ドナルド・ダックは水兵という設定になっています。「ディズニー」に、ドナルド・ダックが登場するのは、1934年のことなんだそうですね。
『かわいい、賢いめんどり』のなかでの脇役のひとりでした。ところが、1936年の、
『孤児も楽し』で、一躍人気者になったと伝えられています。
ミッキー・マウスの登場は1928年のことだと考えられていますから、その意味ではミッキー・マウスのほうが、ドナルド・ダックよりも先輩ということになるでしょう。

「そのときは試写室なんてなかったから、ガレージの入り口に白いシーツをかけて、スクリーン代わりにしたよ。」

ダイアン・ディズニー・ミラーの、『私のパパ ウォルト・ディズニー』に、そのように出ています。1920年代、初期のディズニー映画が作られた時の様子。ごく内輪での試写会について。
ダイアン・ディズニー・ミラーは、ウォルト・ディズニーの長女。1933年12月18日に生まれています。
『私のパパ ウォルト・ディズニー』には、若い頃のウォルト・ディズニーの写真も多い掲載されています。
たとえば、1926年頃の、「ディズニー社」の社員だとか。そこにはウォルト・ディズニーを含めて、七人の男性が被写体となっているのですが。七人が七人とも、ニッカーボッカーズ姿なのです。
1920年代のアニメーションの世界では、ニッカーボッカーズが常識だったのでしょうか。ニッカーボッカーズということはベルト使用で、サスペンダーは使ってはいません。上着も着ていません。シャツに、タイ。またはその上にプルオーヴァーをチョッキのように重ねた姿になっているのです。
ドナルド・ダックが出てくる小説に、『スーパー・カンヌ』がありますイギリス人作家の、
J・G・バラードが、2000年に発表した物語。

「子供部屋のカバーのかかったマットレスに腰を下ろし、絵本の人物 ー ドナルド・ダック、ババールやタンタン……………………。」

J・G・バラードの『スーパー・カンヌ』を読んでいると、こんな文章も出てきます。

「どういうわけか、ぼくのツィードのスポーツジャケットと革紐のサンダルが彼女の緊張を解いたらしい。」

トゥイードの上着には、そんな効用もあるんですね。
スコットランドでのトゥイードはいきなりトゥイードとして生まれたわけではありません。まずはじめに「ホームスパン」があって、ホームスパンの進化型としての、綾織のトゥイードが誕生しているのです。
昔のホームスパンは自給自足のためのもので、販売用ではなかったのであります。1820年代になってから、イギリスに「輸出」もされるようになったわけですね。
どなたか十九世紀のトゥイードを再現して頂けませんでしょうか。

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