ビイルとピン

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ビイルは、麦酒のことですよね。
ビイルは大麦を原料として造られるので、「麦酒」とも呼ばれたわけです。
ビイルはたいてい冷やしてから、飲みます。でも、温めたビイルがお好きだったのが、茂出木心護。今もある「たいめいけん」の先代であります。
茂出木心護、ある時、ビイル工場の見学に行って。生まれたての、ほやほやのビイルを飲ませてもらって。これが温かくて、とても美味だったので、以来、「温ビイル」を好んだんだそうですね。
「温ビイル」とは言わないものの。イギリスのパブでは常温ビイルが出てきます。赤ワインを室温で飲む要領に似ているでしょうか。そういえば、飲み方もワインに似ていて、ひと息には飲まないで、ゆっくりゆっくり。

明治のビイルが出てくる短篇に、「そめちがへ」があります。森 鷗外が、明治三十年に発表した物語です。

「………毒と知りながら、麦酒に酒雑ぜてのぐい喫、いまだに頭痛がしてなりませぬとの事なり……………。」

森 鷗外は、「麦酒」と書いて、「ビイル」のルビを添えているのですが。また「雑ぜて」と書いて、「まぜて」と訓ませています。
「ビイルに酒雑ぜて」とは何でしょうか。明治の頃には、そんな飲み方があったのでしょうか。
ここでの「酒」はふつうに考えれば日本酒で、そんなカクテルが明治期にあったのかも知れませんが。
森 鷗外は、明治十七年からドイツに留学しています。当然のように本場のドイツ・ビイルを堪能しています。森 鷗外の『獨逸日記』には、何度もビイルを飲む話が出てきますからね。
森 鷗外はドイツ留学中に使っていた、大きなビア・マグを日本に持ち帰って、永く大切にしてもいたそうです。森 鷗外がドイツでビイルを飲んだことは、間違いないでしょう。
ビイルを使ってのカクテルに、「ドッグズ・ノーズ」があるんだそうです。「犬の鼻」とは。ジンと、ビイル。長いグラスにジンを適量注いでから、ビイルで満たす。ジンの香りのするビイルが味わえるというわけでしょう。
あるいはまた、「ブラック・ヴェルヴェット」。黒ビイルとシャンパンとを同じ量に加えるカクテル。見た感じも「ブラック・ヴェルヴェット」。飲んだ感じも「ブラック・ヴェルヴェット」。優雅なカクテルであります。

ビイルと題につく長篇に、『お菓子とビイル』があるのは、ご存じでしょう。1930年にイギリスの作家、モオムが発表した物語。原題もまた『ケイクス・アンド・エイル』になっています。この『お菓子とビイル』の最後のところに、こんな描写が出てくるもです。

「ネクタイにはダイヤモンドをあしらった馬蹄形のピンをさしている。」

これはある紳士の写真を眺めている場面として。
ここでの「ピン」が、ステック・ピン、もしくはネクタイ・ピンであるのは、いうまでもないでしょう。
十九世紀末の「ピン」は装飾であっただけでなく、実用でもありました。当時のネクタイを多くタテ地で、今のようなバイアス地ではなかったのです。
バイアス地のネクタイに較べて、タテ地のネクタイは、緩みやすい。緩みやすいネクタイを留めておくための小道具でもあったのですね。
どなたか昔ながらの「ピン」を作って頂けませんでしょうか。

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