秘密は、内緒のことですよね。英語なら、「シークレット」secret でしょうか。
日本でも、「公然の秘密」なんてことを言います。これをフランス語で申しますと。「アン・セクレ・ドゥ・ポリシネル」になるんだとか。
ポリシネル polichinelle は、昔の人形劇の道化役の名前なんだそうですが。
この道化役の秘密は、科白として語られるので、客にはみんな分かっているからなんですね。
秘密と題につく小説に、『秘密』があります。谷崎潤一郎が、明治四十四年に書いた短篇。いかにも谷崎らしい妖艶な物語になっています。
「………浅草の松葉町辺に真言宗の寺のあるのを見附て、やうやう其処の庫裡の一と間を借り受けることになつた。」
谷崎潤一郎は、そのように書きはじめています。物語の主人公は、「わたし」。こうして「わたし」は、身を隠す。つまり自分自身を秘密の存在にする物語なので、『秘密』なんですね。なんだか憧れるような、怖いような筋書になっているのですが。
ああこの水の美しく
休むことなく湧き出るを
秘密なりとは誰か知る。
明治三十八年に、石川啄木が発表した『秘密』という詩に、そんな一節が出てきます。
石川啄木はもちろん詩人なんですが、小説をも書いています。たとえば、『天鵞絨』。もちろん、「びろうど」と訓みます。石川啄木が明治四十一年に書いた小説。
「二時頃並木君が来た。話をしながら〝天鵞絨〝九十三枚遂に脱稿。」
明治四十一年六月四日の『日記』に、石川啄木は、そのように書いています。
友達と話しながら、原稿が書けたのでしょう。それはともかく、この『日記』によって、『天鵞絨』が、九十三枚くらいだったことが想像できるのですが。
「………お定には初めての、黒い天鵞絨の襟がかけてあつた。」
石川啄木は、「天鵞絨」と書いて、「ビロウド」のルビを添えています。
これは夜寝る時の掛布団の「襟」について。
まあ、こんなふうに考えますと、天鵞絨の用途も数多くあるんですね。
天鵞絨はもちろんヴェルヴェットのことです。本来は、絹織物。あえて綿で織ったものが、ヴェルヴェッティーン。別珍のこと。
ヴェルヴェットで服を作る時には、「逆毛」にします。毳の流れが下から上に流れるように。そのほうが、表面の光沢がより美しく感じられるので。
もちろん、公然の秘密ですが。
どなたか黒いびろうどのスーツを仕立てて頂けませんでしょうか。