小説とショセット

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小説は、魂を洗う読物のことですよね。もちろん、創作であります。ほんとうにはないことを、さもあったかのように、書くのが小説。その意味では崇高なるウソであります。このあたりの事情を短く申しますと、崇高なるウソが人間の汚れた魂を洗ってくれるのであります。
モオパッサンの『首飾り』だってほんとうの話ではありません。モオパッサンが拵えた話であります。でも、それを読むことによって、感銘を受けるわけです。つまりは心が洗われる。
人の心を洗う機会はあまりないので、いかに時代が変わろうとも、小説は消えることがないのでしょう。

1839年に、フランスの作家、スタンダールが発表した小説に、『パルムの僧院』があります。スタンダールは筆名で、本名はアンリ・ベエル。
1839年にスタンダールの『パルムの僧院』を読んで、心洗われたお方に、バルザックがいます。バルザックはすぐに筆を取って、『パルムの僧院』の評論を行っています。手放しで『パルムの僧院』を褒めているのです。
さらには、バルザックはスタンダールに面と向って、『パルムの僧院』を称賛しているのです。
1839年4月11日に。場所は巴里のイタリアン通りで。『パルムの僧院』はイタリア、パルマが背景ですから、イタリアン通りで会うというのも、なにかの偶然なのでしょう。

「お賞めの言葉によりもご忠告にいっそう感謝します。」

スタンダールは、バルザックに宛てた手紙の中に、そのように認めています。

『パルムの僧院』を読んでおりますと、こんな一節が出てきます。

「パルムへは、紫の靴下をはき、相当の供まわりをつれて来なくちゃいけません。」

これは公爵夫人の忠告として。紫の靴下は高貴な装いだったのでしょう。
どなたか美しい紫の靴下を作って頂けませんでしょうか。
フランス語なら、「ショセット」chaussettes でしょうか。

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