ポーギーと題につくミュージカルに、『ポーギーとベス』がありますよね。
ポーギー Porgy が男の子。ベス Bess が女の子。もともとは、デュボーズ・ヘイワードの『ポーギー』が、原作。
あの名曲、『サマータイム』が『ポーギーとベス』の劇中歌であるのは、言うまでもありません。もちろん、ジョージ・ガーシュインの作曲。
『ポーギー』のミュージカル化の話は、1920にはあった。でも、ジョージ・ガーシュインは忙しくて。実際に作曲に取りかかったのは、1934年2月25日のことと伝えられています。『ポーギーとベス』は、黒人の物語ですよね。黒人の出演者、黒人の歌手。ガーシュインが『ポーギーとベス』を作曲中の話はすでに伝わっていて。
1934年。ある候補者がガーシュインに、手紙を。アン・ウィギンズ・ブラウン。ジュリアード音楽院で学ぶ、二十歳の女性。この手紙に対するガーシュインの返事。
「一度、いらしてみてください……」
アンは、ガーシュインのピアノで、歌う。その歌を聴いたガーシュイン、「OK!」。アンに舞台の経験はありませんでしたが、彼女の音域が広かったから。
『ポーギーとベス』の初日は、1935年10月10日( 木 ) 。NYの「アルヴィン劇場」で。初演終了後、打上げパーティが。主催者は、コンデ・ナスト。客の中には、ポール・ホワイトマンをはじめとする一行がいたんだそうです。ガーシュインはピアノの前で弾き続け、パーティは翌朝の七時まで。
1935年に発表されたミステリに、『ブラウン神父の醜聞」があります。もちろん、G・K・チェスタトン。この中に。
「インヴァーネスの二重まわしを着ているばかりか、グレンガリー式の帽子をかぶっていた。」
これは謎のスコットランド人の様子。グレンガリー glengarry は、スコットランド特有の、縁なし帽ですよね。
さて、グレンガリーを被って。『ポーギーとベス』のレコードを探しに行くとしましょうか。