山口組というのが昔あったんだそうですね。『男性自身』の連作でも知られる作家、山口 瞳を慕う人たちの集まり。
山口 瞳に共感する仲間の集う会なので、「山口組」。大いなる遊び心と大いなる冗句から生まれた愛称なのでしょう。「山口組」のおひとりだったのが、やはり作家の、常盤新平。常盤新平は終生、山口 瞳を師と仰いでいたという。肝胆相照らすとは、まさにこのことでしょうね。
常盤新平はいつもお世話になっているので、師である山口 瞳に食台を贈った。山口 瞳はその食台がたいそうお気に召した。で、つけた名前が、「常盤御膳」。
常盤新平がお好きだったものはたくさんあるようですが。そのひとつに、珈琲が。『東京の小さな喫茶店』をはじめ、珈琲にまつわる随筆を数多く書いています。自宅では自分で珈琲を淹れ、外に散歩に出ると、たいてい喫茶店に立ち寄って、珈琲を。その珈琲は、多くブラックで飲んだとも、書いています。
ご自分で書いているくらいですから、たしかに常盤新平は珈琲がお好きだったのでしょう。でも、珈琲以上に喫茶店がお好きだったのではないか。喫茶店、それも町場の、都会の片隅にひっそりと在る喫茶店を。だからこその「小さな喫茶店」なのでしょう。
でも。常盤新平は「小さな喫茶店」よりもほんとうはそこのマスターが、お好きだったのではないか。いわゆる「市井の人」が。
「マスターは蝶ネクタイを締めて、一見無愛想だが、いかにも喫茶店の主人という感じがした。」
常盤新平著『東京の片隅』の中に、そんな一節があります。これは九段下の、「エリカ」という喫茶店での話なんですが。
蝶ネクタイは、昔のクラヴァットの前の結目が独立したもの。その意味では、フォア・いん・ハンドよりも古典のスタイルでもあるでしょう。また、料理や水仕事にも、フォア・イン・ハンドのように端を濡らすことのないタイでもあります。
時には好みのボウ・タイを結んで、美味しい珈琲を飲みに行きたいものですね。