サーモンとサングラシーズ

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

サーモンは、鮭のことですよね。s alm on と書いて、「サーモン」と訓みます。
鮭のまたの名前を、「秋味」。もちろん秋から冬にかけてが、ことに美味となるからですね。
鮭には「北」の印象があった。「北」の寒い時期に獲れた鮭は脂豊かであります。たとえば鮭のルイベだとか。半ば凍っている鮭をば、少しの醤油で頂く。美味いものですね。

「此国にて川口長岡のあたりを流るる川にて捕りたるを上品とす、味ひ他に比すれば十倍也。」

天保八年に、鈴木牧之が著した、『北越雪譜』には、そのように出ています。鈴木牧之は、この鮭がどうして美味いのかを。長い海の、川の旅を経験しているからだと、説明しています。
今の新潟の、鈴木牧之は鮭の専門家ではなくて。「小千谷縮」の専門家。その意味では、おしゃれとも大いに関係ありです。
『北越雪譜』には、「小千谷縮」のことが詳しく述べられています。
おしゃれとの関係で申しますと、サーモン・ピンク。

ネクタイの サーモンピンク 春淺し

昭和二十七年頃に、石川 淳が詠んだ俳句に、そんなのがあります。昭和二十七年の
『歌仙』に収められている一句なのですが。

「………思いきってはでなグレイのチェックの服に、サーモン・からーのネクタイをぶら下げていたからである。」

コナン・ドイルのホームズ物、『三破風館』にも、そのように出ています。
『三破風館』は、1926年『ストランド』10月号に発表された短篇。少なくとも
1920年代には、サーモン・ピンクのネクタイがあったと、考えてよいでしょう。
食べるほうのサーモンが出てくるミステリに、『虎の首』があります。
『虎の首』は、1991年に、ポール・アルテが発表した物語。ポール・アルテはれっきとしたフランス人なんですが。ミステリの背景は倫敦になっています。
イギリス人の、アラン・ツイストがイギリスで活躍する小説を、フランス人のポール・アルテが、フランス語でかいたわけです。
しかも時代背景は、第二次大戦中の、1940年になっているのですね。物語は、
1940年8月2日から、幕を開けます。

「そう、サーモンと………アーティチョーク。芯のところでね。それにキャビアも」

これは宝石店の店主、エスター・ダヴの、レストランでの註文の科白として。
場所は、倫敦、コヴェント・ガーデンのしゃれた店でと、説明されています。
食事の相手は、エスターの戀人、クライヴ・ファージョンという設定。
クライヴはこの料理に合わせて、まず最初にシャンパン。ついで「辛口のエペルネ」を頼むのですが。
この『虎の首』には、こんな描写も出てきます。

「大きなサングラスをかけているが、抜け目なさそうな表情は隠せない。」

これは、「ブリグス警部」の様子。
1940年の倫敦で、警部のサングラス。わりあいと早い例と言えるでしょうね。

あの年のゆく春のころ、
眼をやみてかけし黑眼鏡、ー 
 こはしやしにけむ。

明治四十五年に、石川啄木が発表した『悲しき玩具』に、そのような歌が詠まれています。
明治四十年代に、「黑眼鏡」の言葉はあったものと思われます。
一方、英國で「サングラシーズ」の言葉が用いられるようになったのは、1920年代のことでしょう。
左右のレンズが一対ですから、「サングラシーズ」となるのでしょう。
そもそもの「色眼鏡」は、1870年代に、ヴェネツィアではじまったのではないか、と考えられているようです。色付きレンズの眼鏡。主に、医療用だったという。
医療用から、スキー用に。スキー場で雪目にならないように。
ただ、大きな流れとしては、戦後になってハリウッド・スタアが愛用したところから、一般化したものでしょう。
どなたか鼈甲のクラッシックなサングラシーズを作って頂けませんでしょうか。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone