栗とグレイ・トッパー

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栗は、木の実のひとつですよね。栗は身近なものであり、また、美味しいものであります。
芋のことを俗に、「十三里」。これは「九里四里」うまいのシャレなんですね。つまり栗は旨さの基準でもあったのでしょうか。
栗はたいへんに歴史の古い食べ物なんだとか。少なくとも縄文時代には、栗が食用とされていたんだそうです。縄文時代にはまだ稲作がはじまっていませんから。
では、縄文人はどんなふうにして栗を食べたのか。細かく擦りつぶして。つまり粥のようにして食べたんだそうですね。
それからまた、粥状の栗を固めて、焼いたりも。つまり、栗クッキー。縄文時代に栗クッキーがあったのは、間違いないようです。

瓜はめば 子ども思ほゆ 久利はめば ましてしのはゆ

山上憶良は、そんなふうに詠んでいます。山上憶良は「久利」と書いてありますが、もちろん栗のことです。旅に出て、栗を食べると、子どものことが思い出されてならない。そんな心境を歌にしたものでしょう。
それはともかく、『万葉集』の時代には、栗が主な食事だったと、想像されるではありませんか。

今でも私たちがよく食べるものに、甘栗があります。「天津甘栗」。どうして「天津甘栗」の名前なのか。天津甘栗は、明治四十三年、浅草ではじまったとの説があります。
中国の人、李 金章が、浅草の「金升屋」で売り出したんだとか。日本人の九鬼国次郎が、当時の大連で、金と出会って、日本に連れ帰ったと、伝えられています。

清国名産甘栗の やはらかい皮をむけば 琥珀のやうな栗の實が ころころころげたり。

明治四十四年に、高村光太郎はそんなふうに詠んでいます。ということは、高村光太郎はかなりはやくからの甘栗愛好家だったのでしょう。

栗が出てくる小説に、『三人の乙女たち』があります。詩人のフランシス・ジャムが、1899年に発表した散文なのです。

「一本のクリの木の根元の、陽光とエメラルドグリーンのたわむれる空地はリンドウのお花畑だ。」

また、『三人の乙女たち』には、こんな描写も出てきます。

「グレーのシルクハットから、輝く金髪の豊かな房が耳をとりまくようにこぼれている。」

これは「ダスタン侯爵」の姿として。
「グレーのシルクハット」は、おそらく「グレイ・トッパー」grey topper
のことでしょう。ロンドンの「アスコット競馬場」にふさわしい帽子です。もちろん、アスコット・モーニングに合わせるための帽子であります。
どなたか現代版のグレイ・トッパーを作って頂けませんでしょうか。

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