クラブ(club)

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貴談会所

クラブは倶楽部のことである。会員制のサロンとでも言えば良いだろうか。ロンドンの上流階級を語る時、クラブを抜きにすることはできない。ロンドンの特質はクラブにある、そう言っても過言ではない。
会員でさえあればクラブには自由に出入りすることが可能である。クラブに行けば新聞を読むことができる。紅茶を飲むことができる。食事をすることができる。友人と会話することができる。なにも煩わされることなく、ひとり思いに耽ることができる。もちろん、泊まることもできる。
つまりクラブはサロンであり、ティルームであり、レストランであり、ホテルであり、それらを合わせた以上の存在でもある。クラブが特殊であり、ロンドン以外には存在しないのも、不思議ではない。
たとえば一通の手紙を書こうとする。クラブにはもちろんライティング・デスクが用意されて。クラブ専用のペンがあり、レターセットがある。さらには、クラブの名前が刻印されたワックス・シールまでが置かれている。
ロンドンのクラブが特殊であるのは、そこでは時間の針が止まっていることである。十九世紀の空気に満ち満ちている。この空気だけは買うことのできない貴重品である。
ロンドンのクラブに欠点を探そうとするなら、「男社会」であることだろうか。すべてのクラブは「男」が憩うことを前提としている。もっとも「男子禁制」のクラブもないではない。1883年に開設された「アレキサンドラ・クラブ」がそれである。ただし「アレキサンドラ・クラブ」が例外的な存在であることは言うまでもない。

「十八世紀中頃から、クラブは次第に「会」から「会所」と変わり、パブリックなコーヒーハウスからプライヴェイトなクラブ・ハウスに改める傾向が現らわれ、十八世紀中葉の倶楽部全盛期を招来したが、アーサーズ・ブードルズ・ブルックスズ・ココア・トゥリーホワイツ等が就中著名であった。」 ( 原文は正字、旧仮名、英文混じりではあるが、引用に際して現代文に改めさせて頂いた。)

中川芳太郎著『英文學風物誌』 ( 昭和八年 ) には、そのように説明されている。文中の「ブードルズ・クラブ」、「ブルックスズ・クラブ」、「ホワイツ・クラブ」は、今なお健在である。

「昨今、我われはクラブの言葉を遣うようになっている。」

英国の故事研究家、ジョン・オーブリーは、1659年にこう書いている。ただしその綴りは、cubbe になっているのだが。

「我われに憂いが訪れると、クラブに行ってそれを追い払うのである。」

英国の詩人、サー・ウイリアム・タヴェナントは、1648年にそのように書いている。1640年代、すでに「クラブ」の存在があったものと思われる。

「英国のクラブは、英国の社会生活における重要なる部分である。」

ブリューア著『名言と寓話の辞典』 ( 1870 ) には、以上のように説明されている。要するに英国の社会生活を理解するには、クラブの存在を理解するのが早道なのであろう。

「コーンウエルズでのゆっくりとしたひと時。我ら若者は昔よくそうやって休日を過ごしたものである。」

1665年に、サミュエル・ピープスは『日記』の7月5日のところに、このように書いている。「コーンウエルズ」はその時代にあったクラブ名であろうと思われる。
今なお現存するものに「ホワイツ・クラブ」があるのは、すでにふれた通りである。「ホワイツ・クラブ」は、1693年のはじまりとのことであるから、古い。もともとは、「ホワイツ・チョコレート・ハウス」の、コーヒー・ハウスだったのだ。店の前にはココアの木が植えてあったともいう。
フランシス・ホワイトなる人物が開いた店なので、「ホワイツ・チョコレート・ハウス」。ホワイトはもともとイタリア人で、本名をフランチェスコ・ビアンコといった。イタリアのビアンコはイギリスのホワイトなので、フランシス・ホワイトを名乗ったのである。それはともかく、コーヒー・ハウス転じて「クラブ」になったことは、疑いない。
「ホワイツ・クラブ」以外に古いクラブを探すなら、「ブードルズ・クラブ」 ( 1782年 ) がある。

「このMは、セント・ジェームズ街のどのクラブの会員とも似たところがない。濃いグレイの背広に固く糊のきいた白いカラーを見せて、お気に入りの濃紺に白い水玉の蝶ネクタイをかなりゆるく締めている。』

イアン・フレミング著『ムーンレイカー』( 1955年 ) の一文である。これはジェイムズ・ボンドが上司のMに、ブレイズ・クラブに呼び出される場面。文中のブレイズ・クラブこそ、「ブードルズ・クラブ」がモデルなのだ。つまり英国情報部の部長は「ブードルズ・クラブ」の会員だったわけである。
もし「ブードルズ・クラブ」の内装などを詳しく知りたいなら、『ムーンレイカー』を熟読するに限る。それはともかくロンドンの内側を知るには、クラブは最上の場所である。

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