ブラック・コーヒーがお好きな人、いますよね。喫茶店に行ってたったひと言。「ブラック・コーヒー!」。なんだか男らしくて。
そこにいきますと、軟弱な私は、「ミルク・コーヒーを…………」。濃い珈琲が好きなくせに、それをミルクで割って、飲む。どうにも子供みたいで。
ブラック・コーヒーもあれば、ラム・コーヒーもあって。一時期、村上春樹はラム・コーヒーに凝ったことがあるようです。村上春樹著『村上朝日堂の逆襲』に、そんな話が出ています。コーヒーにラムを添えて、飲む。で、「ラム・コーヒー」。たしかに村上春樹に似合いそうなコーヒーでしょう。
イタリアに行きますと、「カフェ・コレット」があります。エスプレッソにグラッパを垂らして、飲む。ところがカフェ・コレット通になりますと。だんだんとグラッパの量が増えて。実際には、「グラッパにエスプレッソを垂らした」飲物になったりして。知らないで飲むと、酔ってしまいます。
絶対に酔わないコーヒーに、「紅茶珈琲」があります。濃く淹れた紅茶と、濃く淹れた珈琲を半分づつ混ぜて、飲む。覚醒のための飲物。でも、紅茶通からも、珈琲通からも、「邪道!」よ言われてしまいそうですが。
「紅茶珈琲」を飲んだのが、伊達邦彦。伊達邦彦は、大藪春彦描くところの、孤独のヒーロー。伊達邦彦がいざ「出陣」という時に飲むのが、紅茶珈琲。大藪春彦は、和製ハードボイルドの第一人者だった人物。
邪道ではなく本格珈琲を愛したのが、向田邦子。どうしてそうだと決めつけられるのか。向田邦子は、「大坊」の常連だったから。
「大坊」は、以前、南青山の角にあった、珈琲専門店。東京では珍しく、丁寧な、美味しい珈琲を飲ませる店でした。
向田邦子の若い頃の愛称が、「クロちゃん」。1950年代の話ですが。ご本人は照れて、「私、色が黒かったから…………と、書いてはいるのですが。ほんとうは、たいてい黒い服を着ていたから。その時代の向田邦子は、編集者。
その頃、「雄鶏社」という出版社があって、『映画ストーリー』という映画専門誌を出していた。その『映画ストーリー』の、編集者だったのが、向田邦子。いつ、どこで、誰に会うにも黒い服は便利でもあったのでしょうね。
女であろうと、男であろうと、黒い服は究極の選択でもあります。ごく簡単に言って、黒い服の着こなしは、難しい。たとえば、黒いスーツを着てそれが自然に思えたなら、その人物はよほど着こなしが巧みであると、言えます。黒いスーツがさりげなく着られるようなら、ダーク・ブルーやダーク・グレイはな難なく着こなせることでしょう。
黒いスーツをごく自然に着た、数少ない日本人に、高倉 健がいます。ややドレス・アップが必要な時の高倉 健は、黒のスーツを着た。それが実に、なにげなく思えたものです。
高倉 健。そういえば高倉 健もまた、本格がお好きだったようですね。撮影の現場でも、いつも近くに珈琲が用意してあったとか。
高倉 健。そうだ。大藪春彦原作の『蘇る金狼』だとか、高倉 健で映画にしてもらいたかったなあ。つまり高倉 健演じるところの、伊達邦彦。それを論評するのが、若き日の向田邦子だとか。
でもねえ。いくら映画の中とは言え、高倉 健に紅茶珈琲を飲んでもらうのは、恐縮でしょうかねえ。
それはともかく。いつか、黒のスーツを着て喫茶店に行って。「ブラック・コーヒー!」と言って、様になる日を夢見ているのですが。
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