のれそれという珍味があるんだそうですね。「のれそれ」は、高知の言葉。そして高知ならではの、美味。その本体は、真あなごの稚魚。
長さは、5、6センチ。平たくて、透明。ちょっとシャツの襟裏に入れる、カラー・ステイに似てなくもありません。時期は、初春。高知の人は、のれそれの時期になると、そろそろ櫻が咲くかなと、思いはじめるんだそうです。
のれそれとは別に、「どろめ」もあって。これは鰯の稚魚。どろめの頃には「どろめ祭り」があります。これは一升の酒を何秒で飲み干すかを競う祭り。いかにも高知らしい豪快な競争ではありますが。
のれそれがお好きだったとのが、本間千枝子。本間千枝子著『誇り高き老女たちの食卓』に。
「この「のれそれ」だけは東京まで運ばれたものでなく、高知にわざわざ出掛けて。辛口の地酒と楽しむのが「今年もまだ生きている!」という幸せを感じさせてくれる。」
と、書いています。本間千枝子と同級生だったのが、稲葉明雄。早稲田大学の仏文科で。稲葉明雄は、翻訳家。ダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーを多く訳したことでも知られています。
本間千枝子は『セピア色の昭和』の中で、同級生だった稲葉明雄について、こんな風に述べています。
「授業にはあまり姿を見せず、ある日忽然とはでなブルーグリーンの、仕立てはいいけれどかなりよれよれのダブルの背広やソフト帽あるいは蝶ネクタイ、トレンチコート……………」。
『名翻訳家のダンディズム』と題して、詳しく書き遺しています。戦後まもなくのことですから、目だったでしょうね。「ブルーグリーン」は、どんな色だったのでしょうか。
「釣りは鮒に入って鮒に終わる」とか。同じように。「服は紺に入って紺に終わる」。そうも言えるのかも知れませんね。
濃紺のスーツで。高知へのれそれを、食べに行こうではありませんか。