ディナーと手織り

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ディナーは、夕食のことですよね。フランスなら、ディネ d în
er でしょうか。
ディナーにもいろんなのがあるのでしょうが。昔の船旅には、「サヨナラ・ディナー」というのがあったんだそうですね。
私の大好きな随筆家、瀧澤敬一の『サヨナラ・ディンナー』を読んで、教えてもらったものです。瀧澤敬一は、「ディンナー」とお書きになっていますが、今の表記に従うなら、ディナーのことでしょう。
昔とは、戦前のことで。戦前のフランスへの旅は多く船旅で、たとえば横濱を発ってマルセイユへ。これがだいたい四十日ほどかかったそうですね。
で、いよいよ明日はマルセイユに着くという前の晩。「サヨナラ・ディナー」。船とは別れて、フランスの陸に着くわけですから、「サヨナラ・ディナー」。これがずいぶんと凝ったしつらえだったという。第一、メニュウからして、「京都銀閣寺の雪景色」なんかを表紙に使ってあって。
メニュウを開くと、まず船の名前が書いてあって。それというのも、瀧澤敬一は、当時のメニュウまでを添えてくれているので。当時というのは、1928年12月1日、土曜日のディナーのメニュウ。
船の名前は、「白山丸」。船長の名前は、「奧野」。つまりサヨナラ・ディナーは、船長の名前で出されるんでしょうね。そしてこの白山丸は、1928年12月2日の朝、マルセイユに着いたものと思われます。
まずはじめにオードゥヴルがあって。たとえば、「パテ・ド・フォアグラ」などが選べます。
次にスープは、コンソメかポタージュか。それから魚料理、肉料理。この中には「ロースト・ターキー」なども。栗を詰めた七面鳥を炙った一皿。
また、「オリエンタル・タイ・フリット」。これは鯛の天婦羅なのでしょう。とにかくメイン・ディッシュには、多くの種類があったらしい。
もちろん食後には、デザート。ひとつの例として、レーズンの入ったプディングとか。フルーツ入りのデコレーションケーキとか。
まだまだデザートはあって。おしまいに、コーヒーとフロマージュが出てきたという。
もちろんこれは日本郵船の、一等船客用のサヨナラ・ディナーの様子なのですが。
瀧澤敬一著『サヨナラ・ディンナー』を読んでるだけで、満足、幸福の気持になってくるほどです。これは昭和三十二年『美しい暮しの手帖』第十一号に出ています。
同じ随筆の頁に、佐藤春夫が『わが母の記』を寄せているではありませんか。ひとつの雑誌で、瀧澤敬一も佐藤春夫も読めるなんて。これ以上の悦楽はありません。

「家では地方でも最後まで手織木綿を織つたもので、僕も十二三歳までは母の手織木綿の着物を着てゐた。」

佐藤春夫は明治二十五年のお生まれですから、「十二三」と言いますと、1904年頃のことでしょうか。明治三十七年。少なくともその時代には、「手織木綿」は珍しくはなかったのでしょう。
今の機械織以前は、皆、手織だったのです。むろん木綿に限らず、シルクもウールも手織でありました。
効率だけを言いますと、機械織には叶いません。でも、味わいの佳さからすれば、手織に優るものはありません。
もう一度手織の味を見直したいものですね。

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