安全は、セイフティですよね。危険でないこと。
なにごとも危険より安全であるほうが、いいに決まっています。安全の言葉はいつの時代からあったのでしょうか。
「仕へて朝廷にまじはるべくは、入道の思ひを和げて、天下の安全を得し給へ。」
鎌倉時代の古書『平家物語』に、そのように出ています。
中世の日本でも、「安全」は用いられていたのでしょう。ただし、安全と書いて、「あんせん」と訓んだらしい。その後、だんだんと「あんぜん」の訓み方が殖えて、今に至っているんだとか。
安全でもっとも身近なものに、「安全ベルト」があります。セイフティ・ベルト。今はセイフティ・ベルトなしで自動車に乗れないことになっていますから。
「小柄な身体にくらべて大き過ぎるので胴のまわりが隙間だらけになってしまう安全ベルトを、まるで墜落除けのオマジナイみたいに掛けているのは、」
作家の安岡章太郎が、昭和四十五年に発表した小説、
『月は東に』に、そのように出ています。
これは主人公の「宗太郎」が飛行機に乗っている場面として。
昭和四十五年ということは、自動車のセイフティ・ベルトはそれほど普及していなかったでしょうが。
1890年頃のイギリス英語に、「セイフティ・バイシクル」があったそうですね。安全自転車。
これは例の古典的な「ペニイ・ファージング」に対する表現として。
前輪が大きく、後輪が小さいのが、「ペニイ・ファージング」。これに対して、前輪も後輪もほぼ同じ自転車のことを、「セイフティ・バイシクル」と呼んだんだそうですね。
1885年頃に、英国のジョン・ケンプ・スターレが、「ローヴァー・セイフティ・バイシクル」を発明しているので。
もう一つ身近かな安全に、「安全ピン」があります。
安全ピンの歴史は、古代に遡るんだそうです。少なくとも古代ギりシアには安全ピンらしきものがあった。「ペローネ」と呼ばれた安全ピンが。これが古代ロオマの時代となると、「フィブューラ」fibula
と呼ばれるようになるのですが。
ペローネperone
もフィブューラも実は実用品でありました。とにかくまだボタンが発明されていないのですから。キトン(今のドレスに似た古代衣裳)であろうと何であろうと、前合わせは、フィブューラで留める習慣だったのです。
たいていは金や銀で、凝った細工が施されたものです。が、基本的構造は今の安全ピンに似ているのですが。
男が使う安全に、安全剃刀があるでしょう。シェイヴァーでないかぎり、なんらかの安全剃刀で髭を剃っているはず。
安全剃刀の前は、片刃の長い、包丁のようなもので剃った。たしかに安全ではありませんでした。
日本での安全剃刀は、明治十九年にはじまっているんだとか。
「日本橋区新材木町の小泉久右衛門方より売出す販売特許の安全かみそりは、」
明治十九年「讀売新聞」八月一日付けの記事に、そのように書いてあります。
安全が出てくる小説に、『ポイントンの蒐集品』があります。アメリカの作家、ヘンリー・ジェイムズが、1895年に発表した物語。ただし、物語の背景は当時のロンドンに置かれているのですが。
「そして彼女は、手荷物や、傘を携え、ドレスの裾をつまみあげて、安全い横切るためにじっと待っていると、」
これは「フリーダ」という女性の仕種について。
また、『ポイントンの蒐集品』には、こんな描写も出てきます。
「山高帽を被り、黒い縫い目のついた簫洒な手袋をし、槍のような立派な洋傘を持った姿は、」
これは「オーエン」という紳士の着こなしについて。
ここでの「黒い縫い目」は、たぶん「アウト・シーム」のことかと思われます。
手袋の縫い方は大きく分けて、二種。「内縫い」と、「外縫い」。
優雅上品の手袋には、「内縫い」が多い。ややスポーティーな手袋には、「外縫い」。
この外縫いのことを、「アウト・シーム」と呼ぶのです。
どなたかアウト・シームの粋な手袋を作って頂けませんでしょうか。