ポワールは、洋梨のことですよね。
poire と書いて「ポワール」と訓みます。
ポワールも梨のひとつ。でも、私たちがふつうに想像する梨とはちょっと様子が違っています。
サングラスのひとつに「レイバン」があります。あのレイバンのレンズの形に似た梨なのですね。
洋梨の銘柄に「ラ・フランス」があるのは、ご存じの通り。
フランス原産なので、「ラ・フランス」。でも、フランスでは定着しなかったらしい。
「ラ・フランス」は日本産が優秀であるとのことです。
「しかしとつぜん、まるで洋梨が熟れるみたいに不意に硬さが薄れ、柔らかくなり……」
丸谷才一が、1966年に発表した小説『笹まくら』に、そのような一節が出てきます。
たぶん丸谷才一は1960年代にすでに洋梨を召し上がったことがあったのでしょうね。
でも、丸谷才一は洋梨ばかり食べていたのではありません。
すっぽんもお好きだったらしい。これは2007年に発表した随筆『すっぽん論』に出ていますので。
「秋も深い頃なので、おしまひの一品はスッポン鍋。大きな鍋が一つ、二人の前に出る。それをあつさり平らげる。控へてゐた仲居さんが、もう一鍋いかがでせうとすすめる。」
丸谷才一はそんなふうに書いてあります。これは「辻留」での話として。お相手は、編集者の大久保房男。
以前、『文章読本』を出すときに、お世話になったので。そのお礼の気持として。
結局、二人はもう一鍋あつらえる話になっています。
「辻留」でも、すっぽん鍋を一人一鍋づつ食べたのは、この時だけだったという。
丸谷才一は随筆の名手でもありまして。『すっぽん論』にも、ちゃんと附録が用意されています。
それは花森安治について。
ちょうどその頃、『暮しの手帖』で、即席ラーメンの特集を考えていて。編集者の鞄はは見本としての即席麺が入っていた。
花森安治と数名の編集者は、仕事の後で、「魚志ん」。
「魚志ん」はその頃湯島にあった割烹料理屋。花森安治贔屓の店。
「魚志ん」でも当然のように、即席ラーメンの話になって。すると、親爺さんが、「ひとつ作ってみましょうか」
やがて花森安治の前に、即席ラーメンが。ひとくち食べた花森安治がびっくりして、「うまい!」。「いったい何をしたの?」。
親爺答えて曰く。
「なあにすっぽんのスープをちょっと足しただけのことです。」
いかにすっぽんが優秀であるのか。それで丸谷才一の『すっぽん論』は、幕を閉じるのですが。
えーと、洋梨の話でしたね。洋梨が出てくる小説に、『パリの胃袋』があります。フランスの作家、エミール・ゾラが、1873年に発表した物語。
これは当時の巴里のレアール(中央市場)が、背景。一種の美食小説にもなっているのですが。
「残りは洋ナシも、クルミも、小エビも、ラデッシュも、すべて中央市場のあちこちから盗んできたものだった。」
これは「レオン」たちの夕食の準備として。
また、『パリの胃袋』には、こんな描写も出てきます。
「そうでなければ真っ赤なポプリンで、いつかドレスをこしらえてやろうと心に決めた。」
これは「カディヌ」の想いとして。
「ポプリン」poplin は、絹の横畝地。
英語としては1710年頃から用いられています。もともとは、フランス語。
アヴィニヨンではじめて織られた生地なので、「ポプリン」。
当時のアヴィニヨンは、ポープ(教皇)所在地だったので。
どなたか真っ赤なポプリンで、上着を仕立てて頂けませんでしょうか。