まり子は、女の人の名前にもありますよね。
マリ子と書くこともあるでしょう。
漢字のまり子なら、星の数ほど種類があるのではないでしょうか。
ここでは主に「まり子」について。
もし女優のなかで探すなら、「宮城まり子」でしょう。
宮城まり子と仲良しだったのが、吉行淳之介。
宮城まり子は2007年に、『吉行淳之介短編集』を編んでいます。
宮城まり子が選ぶ十二の短編集。
この短編集の「序」のなかにこんなふうに書いています。
「淳之介さん、受けとって下さい。そして、私が選ぶなんてことしたこと、ゆるして下さい。十三年、たったから、なお愛しています。」
これが「序」の末尾。「十三年」の意味は、吉行淳之介没後十三ということなのですが。
吉行淳之介は、平成六年七月二十六日、七十歳で世を去っていますので。
「落着いた気持になって、静養しながら、いろいろ養分を吸い上げる旅行をしてください。君のことは大好きです。」
昭和三十四年十一月十六日。吉行淳之介は宮城まり子に宛ててそんな内容の手紙を書いています。
この時、宮城まり子はアメリカ旅行中だったので。
「あなたは表現者。唄、芝居、踊り、どの分野でも一流。触れるものに感銘を与える。あなたの唄は、人を惚れ惚れさせる。」
野坂昭如は宮城まり子に宛てて、そんな手紙を出しています。
ある時、野坂昭如の小説のフランス語訳が出た時。
「ねむの木学園」の生徒の絵が表紙に使われたことへのお礼の意味もあって。
宮城まり子が昭和四十三年から、「ねむの木学園」を開いているのは、ご存じでしょう。
同じ年、「厚生大臣賞」を受けて。その受賞式の当日。
「私なんにもしていないから、行くのはイヤ。」
すると、パトカーが迎えに来たという。
マリ子が出てくる小説に、『黒の回廊』があります。
昭和四十六年に、松本清張が発表した長篇。
女性限定のヨオロッパ・ツアー中に事件が起きる物語になっています。
「多田マリ子は元気だった。」
多田マリ子は旅行客のひとり。
また、『黒の回廊』には、こんな描写も出てきます。
「昼間から濃いアイシャドウをし、その青色を金髪とまっ黒なマキシに対照させていた。」
これも参加メンバーのひとり、黒田律子の着こなしとして。
「マキシ」。当時はずいぶん流行ったものです。長い丈のコートやスカート。
どなたかマキシのコートを仕立てて頂けませんでしょうか。