トロピカル(tropical)

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優雅なる夏生地

トロピカルはサマー・スーティングである。時に、トロピカル・ウーステッドとも呼ばれる。トロピカルの名前から直ぐに想像できるように、夏にこそふさわしい生地である。
軽く、張りがあり、光沢の美しい素材。また夏生地に適しているのは、通気性に富んでいるからでもある。
トロピカルにおける通気性は、糸の撚り方によって生まれる。より正確には撚り糸の配列である。
糸はふつう、右撚りであることが多い。これを「S撚り」という。撚った糸の流れが「S」字に思えるからである。一方、「Z撚り」というのもある。これは「左撚り」。
トロピカルはS撚りの糸と、Z撚りの糸とを、交互に配して織る。これによって微妙な間隙が生まれるのだ。ここにひとつのトロピカルの特徴がある。
トロピカルが、「熱帯地方の」という意味であるのは、言うまでもない。「熱帯」とはいささか大仰ではあるが、もともとは商標名であるので致し方ない。
商標名としての「トロピカル」は、1920年代にはじまっている。アメリカ、オハイオ州、「パーム・ビーチ」社によって。余談ではあるが、パーム・ビーチもまた生地の名前。1914年ころの登場だと考えられている。生地のパーム・ビーチは、縦糸にコットン、緯糸モヘアを使って織ったもの。最初は、純白であったという。避暑地、パーム・ビーチに行くのにふさわしいので、「パーム・ビーチ」。この生地が大当たりとなったので、社名変更して会社名にもなったのである。それ以前には、「グッドオール・ウーステッド」社といったのだ。
それはともかく、パーム・ビーチ社が1920年代に登場させた生地が、トロピカルだったのである。

「彼らは身体乾かし、髪を梳かし、夕食のために洒落たトロピカル・スーツに着換えた。」

これは1931年に発表された『リモート・ピープル』の一節。作者は、イギリスの作家、イーヴリン・ウォー。1930年ころにはイギリスでもトロピカルが知られるようになっていたのであろう。

「オーブレイは白いトロピカルのトラウザーズを穿いた姿で、ゆっくりとひとりで、浜辺まで歩いて来た。」

バーナード・ショオが1931年ころに書いた『トウ・トゥルー・トゥ・ビ・グッド』に出てくる一文。1930年代の英国に、純白のトロピカルがあったものと思われる。イギリスでの例だけでなく、アメリカでも当然トロピカルは愛用されたようである。

「黒ずんだグレイのウーステッドの夏服に黒白の靴……」

これは1942年に発表された『高い窓』での描写。レイモンド・チャンドラー作。富豪の息子、レズリー・マードックの着こなし。それをマーロウが眺めている場面。原文には、次のように出ている。

「トロピカル・ウーステッド・スーツ・オブ・スレイト・ブルー」

つまり、マードックはトロピカルのサマー・スーツを着ているのだ。そしてまた、レイモンド・チャンドラーを読んでいると、何度か「トロピカル」が出てくる。それも決まって富豪とか裕福医者とかが着ている。私立探偵、フィリップ・マーロウはトロピカル・スーツを着てはいない。
このあたりに、1940年代アメリカでのトロピカルの地位が推理できるのではないだろうか。

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