窓とマント

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窓は、ウインドーのことですよね。窓はたいていガラス窓で、明るい。空からの光が差し込んでくれます。
多くの窓は開けることも、閉じることも。大気を入れることも、換気もできます。温度の調節や、気分転換にも。

「よもすがらおもひつるまとうつ雨のおとを聞きつつ………………………」。

『和泉式部日記』にも、そのように出ています。ここでの「まと」は、窓のことなんでしょう。
「窓の子」は、連子のことなんだとか。たしかに連子は「窓の子」ですよね。うまいことをいうものです。
窓からはじまる歌に、『別れのブルース』があります。

♬ 窓を開ければ 港が見える

昭和十二年に、淡谷のり子が歌って、拍手喝采。それからというもの淡谷のり子は「…………ブルース」を歌いに歌って、「ブルースの女王」と謳われたものです。
『別れのブルース』の作詞は、藤浦 洸。作曲は、服部良一。服部良一は、藤浦 洸に三十円を渡して、「横濱のチャブ屋へ行け」。「チャブ屋」は、もともと外人相手の飲み屋。藤浦 洸はここで一献傾けて。

「メリケン波止場の灯が見える」

の想を得た。この一句に膝を叩いたのが、服部良一だったという。譜面を淡谷のり子に見せると、「ノオ!」。淡谷のり子はソプラノ歌手で、二オクターブも低くては、歌えない。服部良一は、
「オクターブなんて無視してください。
そこで淡谷のり子は酒を飲み続け、煙草を吸い続いて、マイクの前で呟くように、歌った。今、その録音を聴くと。
歌詞の中の「出船」を「でふね」ではなくて、「でぶね」と歌っています。同じく、「ブルース」を、「ブルーズ」と。淡谷のり子なりの藝の細かいところでありましょう。
窓は、仕立屋にもあります。それが、ショオ・ウインドーであったり。仕立屋が出てくる小説に、『タタール人の砂漠』があります。1940年の、ロシアの作家、ディーノ・ブッツァーティが発表した物語。

「ちょっと拝見」仕立て屋はうたぐり深そうな好奇心を笑みに含めてそう言うと、ドローゴのマントの裾をつまんで、明かりの方に引き寄せた。」

これは「ドローゴ」という男が、テイラーで新しくマントを仕立てもらう場面。ドローゴの古いマントをとっくりと眺めた仕立屋は言う。
「規則では≪マントの襟は帯状となって首にぴったりと接し、高さ七センチとする≫となっています。」

おそらく立襟式のマントなのでしょう。
テイラーの窓はただ通り過ぎるだけでなく。中に入って、襟の高さを一ミリ上げるのか下げるのか、じっくり話してみたいものですね。

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