ボーイとボタンダウン・カラア

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ボーイは、少年のことですよね。これが「ガール」なら、少女。
「ボーイッシュ」という言葉もありますますね。「男の子みたい」というわけですが。実は女性に対する褒め言葉であります。
もし女の人がいつまでも「ボーイッシュ」であったなら、それは素晴らしいことではないでしょうか。
ボーイもおしゃれ語と無関係でもなくて、たとえば「ペイジボーイ」p ag e b oy。女の人の髪型。今なら「ボブ」というのにも近いでしょう。前髪を真横に切り揃えたスタイル。
十九世紀の「お小姓」の髪型に似ているからなんでしょうね。
「ペイジ」には、「お仕えする少年」の意味があったようです。十九世紀以前の上流階級には、ペイジボーイがいて、なにかと貴婦人のお手伝いをしたという。
今でも貴婦人のドレスに長い長いトレインが付くことがあります。とにかく長い長いトレインなので、とてもひとりではさばけない。これを何人かの少年で捧げ持つのも、ペイジボーイの仕事なんですね。
古いイギリス英語に、「ボーイ」b o y があります。その意味は「シャンパン」。どうしてボーイがシャンパンなのか。
むかし貴族が狩りをする時、ペイジボーイに冷えたシャンパンを持たせたので。で、狩りの途中、喉が渇いたなら、冷たいシャンパンを堪能したのでしょう。もっとも古い時代のことですから、野外に冷えたシャンパンを用意するのは、大変だったでしょうね。
イギリスのペイジボーイと関係があるのかどうか、スコットランドの「ギリー」gh ill i e。
今は「ギリー」は軽い靴のことでもありますが、もともとは「少年」、もしくは「従者」の意味があったそうです。たぶん「お小姓」にも近い存在だったものと思われます。
少年のことをボーイではなく、「ボイ」と書いたお方に、内田百閒がいます。内田百閒は文章に「ボイ」と書くのみならず、人を呼びかけるにも「ボイ」と口にしたのではないか。そんなふうにも思えてくるほどです。

「さきでもこんなに二等はこむのかどうかボイに聞いて見ようと思つたけれども、ボイは乗つてゐなかつた。」

大正八年の『百鬼園日記帖』にも、そのように書いています。とにかく徹底的に「ボイ」で通したお方なんですね。
これは列車に乗ったら、二等が混んでいて、三等が空いていたという話なんですが。大正期の「二等」は今のグリーン車。「三等」は普通車のことになるのですが。
ところで内田百閒はなぜ「ボイ」と書いたのか。ひとつの推理ではありますが、夏目漱石の影響ではなかったでしょうか。

「………どうも變かつたものもない様だなと仰しやるとボイは負けぬ氣で鴨ロースか小牛のチヤツプ抔は如何ですかと云ふと……………………。」

漱石の『吾輩は猫である』には、そのように出ています。
漱石がこのように「ボイ」派だったので、弟子の内田百閒も、「ボイ」と倣ったのではないでしょうか。
ボイではなくて、「ボーイ」が出てくる小説に、『明日への楽園』があります。
丸谷健二が、1969年に発表した物語。

「テーブルが次々に埋まって、ボーイは給仕に忙しくなる。」

これはレストランでの様子。ここには何度も「ボーイ」の言葉が出てきます。
また『明日への楽園』には、こんな描写も出てくるのですが。

「ちょうどそのとき、福子は一人の若者を見つける。彼は流行遅れのボタンダウンの半袖シャツを着ており、どこのテーブルへ坐ろうかと迷って、立ちつくしている。」

これも同じくレストランの中での情景。
1969年に、「流行遅れ」と感じられた「ボタンダウン」が、果たしてどのような襟であり、シャツであったのか。さあ。
それはともかく、1969年に小説の中に描きたい「ボタンダウン」の半袖シャツがあったことは間違いないでしょう。

ボタンダウン・カラアが、アメリカ生まれであるのは、広く知られている通りです。1900年頃のこと。今からざっと120年ほど前のことになります。当時、「ブルックス・ブラザーズ」の社長だった、ジョン・ブルックスの考案だったとも。
では、その時、ジョン・ブルックスはどんなシャツを着ていたのか。1900年。もちろん
ハード・カラアの、ハイ・カラアの襟を着ていたのです。
ハード・カラアが紳士の常識であった時代の「ボタンダウン・カラア」は、先端的というよりも、前衛的でありました。
第一、ボタンダウンは、共襟だったわけですからね。その頃の主流だった「付襟」ではなくて。
では、その前衛とも言える大胆この上もない襟がなぜ流行ったのか。
それはアメリカ上流階級の子弟たちの着こなしであったからです。つまり二十世紀はじめの
「ボタンダウン・カラア」は、アメリカのクラス(階級)と、直接に関係していたのであります。
どなたか二十世紀初頭の、ボタンダウン・カラアを再現して頂けませんでしょうか。

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