ストロベリーとストロー・ハット

ストロベリーは、苺のことですよね。strawberry と書いて「ストロベリー」。
苺は実をつけると蔦が土の上を藁を並べたように這う。それで、「ストロベリー」と呼ばれるようになったんだそうですね。
苺は、草冠に母と書いて「苺」。お母さんの味がするからなんでしょうか。
ショートケエキにも苺は欠かせませんね。
苺の歴史は古く、少なくとも古代ロオマでは苺が食されていたらしい。ただし、その時代には「ヴェスカ」vesca の名前だったそうですが。
日本での苺の歴史は、奈良時代に遡るとのこと。名前は、「いちびこ」。この「いちびこ」から、「び」が抜け落ちて、今の「いちご」になったんだそうですね。
細かいことを申し上げますと、日本産のいちごと、西洋の苺とは別の種類なんだとか。
1810年頃に、オランダ船が長崎に苺が運ばれて。これが西洋苺の最初だったという。

水晶の数珠。藤の花。梅の花に雪のかゝりたる。いみじううつくしきちごのいちごなどくひたる。

『枕草子』の第三十九段に、そのように出ています。これは、「あてなる」ものとして。「あてなる」は、高貴なこと。優雅なこと。上品なこと。
川端康成が、昭和八年に発表した短篇に、『藤の花と苺』にも、『枕草子』のこの一節が出てきます。川端康成もまた、童がいちごを食べる様子を、雅と想っていたのでしょう。

「見ると皿の上に、苺が山盛りにして、砂糖壺を添へてゐます。」

三島由紀夫が、昭和三十六年に発表した短篇『苺』に、そのような一節があります。
ここからの想像ですが。三島由紀夫は苺に砂糖をかけて食べることがあったのでしょうか。まあ、好みもいろいろあるのでしょう。私は子供の頃、苺にはコンデンスミルクと決めていたのですが。

「苺摘みにはなんとなく朝方がいいようだ。朝露に濡れた紅玉の實に、一段と生氣がある。」

昭和五十五年に、作家の尾崎一雄が発表した随筆、『苺酒』に、そのような文章が出てきます。
ここでの苺は苺でも、蛇苺。尾崎一雄は毎年、蛇苺で「苺酒」を造っていたらしい。
なぜなら「苺酒」はこの上なく健康に良いと考えていたので。

苺摘みが出てくる小説に、『苺の季節』があります。アメリカの作家、コールドウェルが、1931年に発表した物語。

「春まだはやく、苺がみのりはじめるころになると、だれもかれも百姓の手伝いをして、方々をわたり歩くのだった。」

コールドウェルの『苺の季節』、第一行に、そのように書かれてあるのです。
コールドウェルの代表作は、『タバコ・ロード』でしょうか。1932年に発表されて、大ベストセラーに。すぐにブロードウェイの舞台で演劇化されて、大好評。七年間に、3、180回も上演されたという。
アースキン・コールドウェルは、作家としてすぐに成功したわけではないようです。少なくとも十五回くらい職業を変えているんだとか。でも、どんな職業の時でも、書くことだけは忘れなかった。
やはりアースキン・コールドウェルが、1930年代に書いた短篇に、『ある日の求婚』があります。この中に。

「立派な麦わら帽子をかぶっているな、タッフィ」ベリ爺さんは言った。」
「ことにそのいろんな色のリボンがなあ」。

ベリ爺さんは、タッフィのストロー・ハットをそんなふうに褒めてくれる。赤とオレンジとブルウとのハット・バンドが良いと。
たしかにストロー・ハットは、ハット・バンドひとつで大いに印象が変わるものですからね。
どなたかハット・バンドの美しいストロー・ハットを作って頂けませんでしょうか。