トーマスとトーク

トーマスは、人の名前にもありますよね。
たとえば、トーマス・クックだとか。トーマス・クックは十九世紀英国の旅行業者。
今の「団体旅行」を発明したのは、トーマス・クックだったのですね。
その後、時刻表なども発行するようになっています。
アメリカには発明王、トーマス・エディソンがいるでしょう。
また、ドイツの作家には、トーマス・マンがいます。
トーマス・マンの短篇に、『ヴェニスに死す』があるのは、言うまでもありません。1912年の発表。
これが『ベニスに死す』となって映画化されたのが、1971年のこと。ルキノ・ヴィスコンティの監督によって。
主人公の作家、グスタフ・アッシェンバッハを演じたのが、ダーク・ボガード。好演ですね。
また、美少年「タッジオ」に扮するのが、ビヨン・アンドレセン。
そして、映画衣裳を担当したのが、ピエロ・トージ。ピエロ・トージは、ルキノ・ヴィスコンティに信頼されていた衣裳デザイナー。
ピエロ・トージはまず、当時の布地を集めるところからはじめたとのことです。これまた力作というべきでしょうね。
映画『ベニスに死す』の背景に流れるのが、マーラーの『交響曲第五番』。
なぜ『ベニスに死す』に、マーラーの曲なのか。
一説に、グスタフ・アッシェンバッハのモデルはマーラーだったとも言われているからでしょう。
実は小説『ヴェニスに死す』ははやくに仕上がっていたのです。でも、トーマス・マンは、1912年まで刊行することはありませんでした。
これはひとつには、マーラーの死去と関係があるとのこと。
グスタフ・マーラーは、1911年5月18日、五十歳で世を去っています。
トーマス・マンとしては、マーラーに必要以上の心配をかけたくなかったのかも知れませんが。
『ヴェニスに死す』を読んだ作家、北 杜夫がいます。

「しばらくして北
杜夫に会うと、彼はすでに人が変ったようにトーマス・マンに打ちこんでいて、とくに実吉捷郎氏の訳された『ヴェニスに死す』の文体にまで魅了されていた。」

辻 邦生の随筆『トーマス・マン』に、そのように出ています。(1994年刊)
この北 杜夫に『ヴェニスに死す』を読むよう薦めたのが、辻 邦生だったのですね。
トーマス・マンが出てくる小説に、『笑いと忘却の書』があります。
チェコの作家、ミラン・クンデラが1979年に発表した物語。

「ただ、トーマス・マンの青年の非=存在が実に美しいものだったとしても、彼の肉体にはどんなことが生じたのだろうか?」

そんな一節が出てきます。
また『笑いと忘却の書』にはこんな描写もあります。

「毛皮のトック帽をゴッドワルトに貸してやった。」

ここでの「トック帽」は、「トーク」toque のことかと思われます。
トークは十三世紀にはじまる円筒形の帽子のこと。最初は狭い鍔があったものの、時代によって消えていった経緯があり、男女ともにかぶった帽子。
どなたか現代版のトークを作って頂けませんでしょうか。