ブロードウェイは、ニュウヨークの繁華街ですよね。
Broadway というくらいですから、広い通り。華やかな通り。いつ、誰が歩いても飽きることのない街。
無理やり日本で近い所を探すなら、浅草でしょうか。
ブロードウェイはまた、劇場街でもあります。有名な劇場はたいていブロードウェイに集っているのですね。
ブロードウェイの劇場は、十八世紀に遡るそうですから、古い。
また、ブロードウェイで芝居を観ようとするお方はお目が高い。
ブロードウェイで人気になったミュージカルは必ず全国でヒットすることになっています。
アルフレッド・ラニアンが、1932年に発表した短篇に、
『ブロードウェイの天使』があります。
「ある晩のまだ七時ごろ、ブロードウェイの『ミンディ』レストランの前にたくさんの市民が集まって、あれこれ世間話をしていたんだが、」
そんなふうにはじまる物語なんですね。
これは1934年に映画化されて、『リトル・ミス・マーカー』の題で。これに出演したのが、かのシャーリー・テンプル。一躍、子役スタアになったという。
ブロードウェイから想い浮かべるものに、『マイ・フェア・レディ』があるでしょう。
ミュージカルとしての『マイ・フェア・レディ』は、1956年3月15日、「マーク・ヘリンジャー劇場」で幕を開けています。
これがなんと、2、717回のロングラン。記録的大ヒットのミュージカルになったのですね。
レックス・ハリスンが、ヒギンズ教授役に。イライザ役には新人の、ジュリー・アンドリューズが。
でも最初、レックス・ハリスンは断って。「歌には自信がない」と言って。
そこで、作曲家のフレデリック・ロウは言った。
「あなたの声質に合わせて、作曲しましょう。」
これでレックス・ハリスンの出演が決まったそうですね。
衣裳を担当したのが、セシル・ビートンであるのは、ご存じの通り。
このミュージカルが映画化される時に、オオドゥリイ・
ヘップバーンがイライザ役に扮したのは、言うまでもありません。
「「マイ・フェア・レディ」の主役ジュリイ・アンドルースが驚くほどののつぽのuts美しい姿を黒い服に包んで通つていつたりした。」
三島由紀夫は昭和三十三年に発表した随筆『ディーンとブロードウェイ』の中に、そのように書いています。この年、三島由紀夫はニュウヨークに旅しているので。
三島由紀夫は「ジュリイ・アンドルース」と書いているのですが。
それにしてもジュリー・アンドリューズは背の高い歌手だったのですね。
ブロードウェイが出てくる短篇に、『霧の中』があります。
アメリカの作家、リチャード・ハーディング・デイヴィスが、1901年に発表した物語。
「ミュージックホールの電灯まで消し去ってしまうとは……どうにも理解できません。ブロードウェイが津波に呑まれるぐらい場違いなことに思えてしまいます。」
また、『霧の中』にはこんな描写も出てきます。
「「まあ要するに」黒真珠の飾りボタンを着けた紳士が言った。」
「黒真珠」は、「ブラック・パール」black pearl
のこと。この「紳士」はブラック・パールのスタッドを挿していたのでしょう。
どなたかブラック・パールのスタッドを作って頂けませんでしょうか。