お乳。考えてみれば、みんなお乳をいただいて、大きくなったんですよね。
でも、大人になってから、お乳を飲んだ人がいます。その人は、池部 良。池部 良著『風の食いもの』に出ている話なんですが。
「僕の知っている限りの牛乳や山羊の乳とは違って青臭さがない。さらっとしている。あまり甘くなかったという印象が残っている。」
これは『お乳』と題する随筆の一節。昭和二十一年ころの話なんですが。場所は疎開先の、茨城県、猿島郡 ( 当時 ) 。池部 良は戦地から帰って来たばかりで、体調不良。
昭和二十一年は、食料不足の時代。ろくに食べるものが、ない。でも、はやく身体を治して、撮影に行かなくてはならない。
結局、お乳を飲んで、快復。撮影所に出かけることができた。実は近所に若おくさがいて、赤ちゃんを産んだばかり。ご主人は戦争から帰ってこない。子供はあまりお乳を飲まない。で、お乳が張って困っていたんだそうですね。
ちょっとこれに似た話が、『牧歌』にあります。もちろん、モオパッサンの名短篇。いや、モオパッサンの最高傑作であるかも知れませんが。
「マルセイユへ行く汽車が、いま、ジュノア出たばかりだ。」
物語は、そんな風にはじまる。ここからモオパッサンならではの、意外な展開が待っています。それは読んでからの、お愉しみに。言うまでもなく、お乳を飲む話。
また、これとは別に、『マーブルじいさん』もモオパッサンの名作ですね。
「セゼールは新調の服を着こみ、朝の八時にはもうしたくは調っていた。」
セザールは、新郎。これから役場に行って、結婚式をしようとしている。時代は、十九世紀。たぶん、フロックかモーニングの昼の正装でしょう。
モーニング・コート。ことにアスコット・モーニングは、美事な新郎の衣裳ですよね。