スイスは、ドイツとフランスを足して、二で割ったようなところがある国ですよね。街がきれいなのは、ドイツふう。食事が美味しいのは、フランスふう。
同じスイスでも、フランスの国境に近づくほど食事がおいしくなるのは、面白いほどです。
1937年に、バーゼルを旅した画家に、山口青邨がいます。山口青邨の紀行文『バーゼルにて』に、詳しく書かれています。
「………ところどころで、「ラインの鮭」と言って、サルモンを食べさせられました。」
鮭がライン川に上ってくる。さぞかしうまいサーモンになるでしょう。が、山口青邨はこのことに半信半疑だったようではありますが。
山口青邨はまた、スイスの女学生とも仲良くなっています。それはベルンの体育大学の生徒たちで、一行は二十人ばかり。
山口青邨は、その女学生たちを写真に写したそうです。すると、そのおかえしなのか、チョコレエトひと箱くれた。後で食べてみると、すこぶる美味。
スイスの税関を通る時、そのチョコレエトに、70フェニヒ取られた。そんなことも書いてあります。スイスはよほど自分の国のチョコレエトを誇りに思っているのでしょう。
スイスが出てくる短篇に、『おかしな噂がベルとローニュ家の人びとを悩ませるがあります。1940年代に、イタリアの作家、ガッタが書いた物語。
「………スイスの山荘をもって自認するこれらの工芸作品ともいうべき別荘のなかから………」
カルロ・エミリオ・ガッタは、1893年11月14日、ミラノに生まれています。ガッタは終生、手書き派だったという。
ガッタが同じ頃に書いた短篇に、『船がパラガルに着く』があります。この中に。
「………スコットランド式フリーメーソンはというと、上着を脱ぎ、両脚の間にメリノ羊の毛でできた飾り房のようなものをぶら下げて出てくるのが見えたし………」
これはたぶん「スポーラン」のことでしょう。
ハイランド衣裳のひとつ。ハンドバッグならぬ、ウエストバッグ。毛皮製のスポーランは、夜の正装用とされるとのことです。
どなたか日本で使えるスポーランを作って頂けませんでしょうか。