端正は、人の様子などが、整って美しいことですよね。また、端整とも書くこともあるんだそうですが。
端正が出てくる小説に、『当世書生気質』があります。明治十九年に、坪内逍遙が発表した物語。
「………品行は元来端正だし、殊に取りまはしも温藉な方だ。」
これは「田の次」という藝者について。坪内逍遙は『当世書生気質』の中で、藝者がことを「シンガア」と呼んでいます。
今のカタカナ語大流行の火つけ役は、坪内逍遙ではないかと思われてくるほどです。
「ラヴ」や「インテレクト」、「エヴィデンス」なども用いられています。
「今日の昼飯はバックですまして………」
そんな文章も出てきます。ここでの「バック」は、小麦 バックホイートの略。つまり、蕎麦のこと。カタカナ語もここまでくると、なんだかナゾナゾみたいですが。
「………押し黙った外人が二人、端正な姿勢でダイスをしてゐた。」
昭和六年に、横光利一が発表した『上海』に、そのような一節が出てきます。
端正な姿勢。端正な顔立。
日本の作家の中で、「端正な顔立」と言いたいお方に、有島武郎がいます。ほんとうに役者にしたいほどの男前なんです。
事実、息子は美男俳優として成功した、森 雅之ですからね。森 雅之のお父さんが、小説家の有島武郎であるのは、いうまでもないでしょう。
有島武郎の代表作は、『或る女』でしょうか。大正二年に完成させた長篇ですね。
有島武郎の『或る女』を読んでおりますと、こんな一節が出てきます。
「………高いダブル・カラーの前だけを外して、上衣を脱ぎ捨てた船醫らしい男が………」
有島武郎は、「ダブル・カラー」と書いています。当時は、シングル・カラー全盛の時代で、ダブル・カラーは少数派だったからでしょう。
十九世紀は、主にシングル・カラーのシャツを紳士は着たものです。一重の、固い、高い、立襟。これを総称して、「シングル・カラー」これが時代とともに二重の、折襟に。これが「ダブル・カラー」なのです。つまり、今、私たちが、ふつうに着ているシャツのことであります。
どなたか端正なダブル・カラーのシャツを仕立てて頂けませんでしょうか。