鮎は、川魚ですよね。きれいな川に棲んでいる魚。
採れたての鮎をその場で、塩焼きにするのは、贅沢な味わいでしょう。
小鮎を頭から食べるのは、通快そのものですね。
鮎は昔、「あい」と訓んだという。
タイとかコイと言うのと同じように。この場合の「イ」には、「魚」の意味があったので。
魚偏に占と書いて、「鮎」。
これはその昔、神功皇后が、採れた鮎の姿を見て占なった伝説に因んでいるんだとか。
縄文人も鮎を食べていたそうですから、その歴史にも古いものがあるのでしょう。
天保十四年(1843年)に出た古書『貞丈雑記』にも、鮎の料理法が出ています。
「鮎のいかだ鱠の事。これも酢塩うすぬたなり。」
鮎を筏のように並べて鱠に仕上げるので、「鮎のいかだ鱠」の名前があったのでしょう。
作家の三浦哲郎が昭和六十三年に発表した随筆に、『一尾の鮎』があります。
「私は、短篇小説を書くとき一尾の鮎を念頭に置いている。」
三浦哲郎は『一尾の鮎』に、そのように書いてあります。
なぜか。
「無駄な装飾のない、簡素で、すっきりとした作品。小粒でも早瀬に押し流されない力を秘めている作品。素朴ながら時折ひらと身を躍らせて見る人の目に銀鱗の残像を留めるような作品。」
三浦哲郎は、短篇小説の理想をそのように語っています。
鮎が出てくる長篇小説に、『如何なる星の下に』があります。
昭和十五年に、高見 順が発表した物語。
「いや、それこそ泣いても頼んでも、それで鮎子の去つて行くのをとめることは出来なかつた。」
ここでの「私」は作家という設定になっているのですが。
また、『如何なる星の下に』には、こんな描写も出てきます。
「えれえ豪遊なアストラカンなんか着込んで、大變なもんですわ、」
これは鮎子の様子について。
「アストラカン」astrakhn は、羊の毛皮。ただしその腹子。
表面に強い、細かいカールが表れるのが、特徴。
ロシア、カスピ海沿岸、アストラハン地方の特産品なので、その名前があります。
どなたかアストラカンの襟のある外套を仕立てて頂けませんでしょうか。