ティをはじめて飲んだイギリス人は誰なのか。これはちょっと難しいですね。
でも、ティを飲んだことを書いた人は、サミュエル・ピープスではないでしょうか。
サミュエル・ピープスは克明な日記を書いたことで有名なお方ですよね。
「わたしはこれまでに飲んだことのない紅茶を……」
1660年9月25日の『日記』に書いています。
紅茶そのものは、1650年ころには英国に輸入されていたようですから、ピープスが1660年に飲むことはできたでしょうね。
イギリスにティがあれば、フランスには「テ」があります。フランスはどちらかといえば珈琲が美味しい国ですが、紅茶がないわけではありません。
たとえば、パリ、マドレーヌ広場に面して、「フォッション」があります。「紅茶はフォッションで」という人も少なくないようです。赤い庇が目印の、美しい店ですね。
「フォッション」のティバッグは紙ではなく、布を使って。匂い移りを防ぐためなんだそうです。「フォッション」はパリの高級食料品店。ショコラの類いも充実しています。あるいは、シャンパンから、キャヴィアまで。そういえば「フォッション」の一角で、シャンパンを一杯飲むのは、粋なこととされています。
1886年に、アウグスト・フォッションが開いたので、その名前があります。
1886年は、ゴッホがパリに出た年でもあります。ゴッホは当時、「コルモン画塾」に入って、ここでロオトレックと出会っています。まさにベルエポックの時代だったのでしょう。
ロオトレックが尊敬した画家が、ドガ。ドガは1886年には、五十二歳。ロオトレックは、二十一歳。
ドガは1886年の一月、イタリアのナポリを訪れています。
ドガの話が出てくるミステリに、『スマイリーと仲間たち』が。1980年に、ジョン・ル・カレが発表した物語。
「ひょっとするとドガの作品かも知れぬ像は、両手を頭上にのばしたバレリーナであった。」
これはロンドン、ボンド・ストリートの画廊で、主人公のスマイリーがそれを眺めているところ。また、こんな描写も。
「襟にビロードのタブのついた黒いオーバーを着て、なんだかオペラ風の密謀の雰囲気を漂わせていた。 」
これは、オストラコーワの自宅を訪ねて来た男の様子。私は勝手に、チェスターフィールド・コートを想像しているのですが。
やがて、チェスターフィールド・コートを着て、紅茶を飲みに行く頃になりますね。