ワンタンって、美味しいものですね。
まず第一に、口に飛びこんでくる時の感触が心地いい。
雲を呑む感じ。それで、「雲呑」なんでしょうか。
日本でのワンタン、いつ頃からあったのか。
「メリケン粉を玉子及び極少量のかん水と薄い塩水とでこね ( このとき油を数滴たらすとつやが出る ) ………」
三省堂版『婦人家庭百科辭典』には、ワンタンの皮の作り方がそんなふうに出ています。『婦人家庭百科辭典』は、昭和十二年の出版。ということは、昭和のはじめにはワンタンが知られていたのでしょう。そしてまた、ワンタンを外で食べるだけでなく、家で作る人もいたものと思われます。
ワンタンが出てくる小説に、『自由學校』があります。もちろん、獅子文六作。昭和二十五年の五月から、「朝日新聞」に連載されています。
「そこが、横濱で、一番うまいワンタンを食はす家だといつて、二人で案内したのである。」
今の、中華街のことなんですね。
獅子文六は、明治二十六年七月一日の生まれ。横浜で。お父さんは、岩田茂穂。手広く、絹織物を商っていたという。
そんなわけで、獅子文六はその頃の、横浜の美食事情にも詳しかったに違いありません。勝手な想像ですが、「一番うまいワンタン」とは、「海員閣」ではなかったかと。
『自由學校』には、時計の話も出てきます。
「腕時計が、諦めきれなかった。ヴァシュロンとかいふ、世界的な高級ださうで、死んだ外交官の伯父のスイス土産だつた。」
これは主人公の、五百助が時計を失くす場面。これはたぶん、「ヴァシュロン・コンスタンタン」のことでしょう。ヴァシュロン・コンスタンタンは、1757年の創業なんだとか。銘品として、名高いものですね。