あんなとアウトフィッターズ

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone

あんなは、よく使う言葉ですよね。「あんな靴」だとか、「こんな靴」だとか。あるいはまた、「そんな」の言い方もあるかも知れませんが。
花森安治の随筆に、『こんな話、あんな話』と題された随筆があります。いくつかの話が集められているので、『あんな話、こんな話』としたのでしょう。
そのひとつひとつがどれも宝石のように煌いている随筆になっています。どんな仕事にも名人はいるものなんですね。『こんな話、あんな話』のひとつに、花森安治は「ととやの茶碗の話」を書いています。
「ととやの茶碗」は、利休名器のひとつ。もし、今、オークションに出たならどんな値段になるやら、想像もつかないほどの名器なんだそうです。
ある日、千 利休が堺の町を歩いていて、一軒の魚屋の前で足が止まる。ちょうど昼どきで、魚屋の親父が店先で飯を食っている。利休の眼が親父の持っている飯茶碗に注がれる。利休は親父にかけあって、その飯茶碗を譲ってもらう。
後に利休がそれを茶会で使ったので、「ととやの茶碗」と名づけられたという。花森安治はこの話を紹介した後で、このように筆を進める。

「値段にすればいくらのものでもないめし茶碗を、この上なく美しと見ることが出来たのは、利休というひとが、ものの値段にまどわされることなく、そのものの美しさを見分けることの出来るひとであったからだと思う。」

この花森安治の随筆は、昭和二十七年『美しい暮しの手帖』第十五号に出ています。
同じ『美しい暮しの手帖』第十五号に、内田 司が、『英國氣質』を書いています。この中に。

「私が行つた頃の倫敦でも下町の洋品店は“アメリカン・スタイル“のシャツを廣告をしていた。」

「私が行つた頃」は、おそらく戦争前のことかと思われます。この文章の中で、英國のアメリカ化を、内田 司は嘆いているのですが。
「洋品店」の右横に、「アウトフィッターズ」と、ルビが振られています。イギリスでは、洋品店のことを「アウトフィッターズ」と呼ぶことがあるのでしょう。
さて、利休ではありませんが。アスコット・クラヴァットを探しに、アウトフィッターズに行くといたしましょうか。

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+Email this to someone