スニーカー(sneaker)

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足首に羽根が生える靴

スニーカーはゴム底の、布製靴のことである。以前は「運動靴」と呼ばれ、さらには「ズック」の呼び方もあった。ズックは「ズック靴」の略で、ズックはキャンヴァス地を指す言葉だったのだ。

スニーカーはアメリカ生まれの靴といえるだろう。少なくとも「スニーカー」sneakerがアメリカ英語であることは間違いない。もちろん現在の「スニーカー」もまた国際語になりはじめているようではあるが。

イギリスではスニーカーのことを、「プリムソル」 plimsall と呼ぶ。フランスの日常会話で「テニス」といえば、スニーカーを指すことがある。それはともかく、今、世界中でスニーカーが愛用されていることは間違いない。

今日のスニーカーの原型が生まれたのは、十九世紀末のことと思われる。スニーカーを分解すれば、キャンヴァス・アッパーと、ラバー・ソールとになる。そして物事の順序からすれば、「ラバー・ソール」のほうがはやい。というのは、レザー・シューズにラバー・ソールを貼ることは、十九世紀にすでに行われていたからだ。やや遅れて、キャンヴァス・アッパーにレザー・ソールの靴もあっただろう。

では、キャンヴァス・アッパー、ラバー・ソールの靴はどのようにして生まれたのか。その一例が、デッキ・シューズである。ただし十九世紀末のデッキ・シューズは今日のデッキ・シューズとは似て非なるものであった。

十九世紀末の「デッキ・シューズ」は客船での長旅に使われる靴であったのだ。それは当時のオックスフォード・シューズを、キャンヴァスとラバーとに置き換えたものであった。つまり古典的な紐結びの靴であったのだ。色も白とは限らず、ダーク・ブルー、ダーク・ブラウンといったものも少なくなかった。

この「デッキ・シューズ」は客船の甲板を歩くのに軽快で、滑りにくいことも適していたのであろう。つまり「デッキ・シューズ」は優雅なる船旅用だったのである。

一方、「ケッズ」Kedsが誕生したのは、1917年のことである。アメリカ、NY州、「ユナイテッド・ラバー」から発売された、キャンヴァス・アッパー、ラバー・ソールの靴であった。最初、「ペッズ」Peds の商品名を考えていた。が、それはすでに使われていたので、「ケッズ」となったものである。おそらくは「キッズ」 kids をも連想させるところがあったからだろう。「ケッズ」第一号は、ダーク・ブラウンであったと伝えられている。もし、そうだとするなら、「デッキ・シューズ」をヒントとしてはじまっているのかも知れない。

スニーカー は、「スニーク」sneakから出ている言葉である。「スニーク」は、「忍び歩く」の意味。スニーカーを直訳すれば「忍び歩く人」ということだろうか。これも十九世紀末から使われているというから、古い。

すでにふれたようにイギリスには「プリムソル」の言い方がある。これは船の「プリムソル・ライン」から来た表現なのだ。プリムソル・ラインとは、「喫水線」のこと。1876年に英国の政治家、サミュエル・プリムソルが定めたので、その名前がある。船の安全のために喫水線以上の積荷を禁じる法令であった。

スニーカーを真横から眺めると、キャンヴァス・アッパーと、ラバー・ソールとの接点がプリムソル・ラインを想わせる。そこから「プリムソル」と呼ばれるのである。

「コートに姿をあらわしたシーブルックス氏は白いプリムソルを履いていた。」

これは1922年『タイムズ』紙12月7日号の記事の一節。英国での「プリムソル」は、たとえばこんなふうに用いられるのである。

「彼のしっかりはしているが、おそるべきゴム底のスニーカー……」

シンクレア・ルイス著『我らのミスタ・レン』 (1914年刊 ) に出てくる一文。ということは「ケッズ」以前にも「スニーカー」の言葉は使われていたのであろう。おそらく「スニーカー」は、くだけた、俗語的な言いまわしで、それが後に一般化したものであろう。

「それで、ゴム底の白いキャンバスの運動靴をはいて、楽にされているんです。」

ヴァン・ダイン著『カブト虫殺人事件』 (1930年刊 ) の一節。これはスカーレットという女性の科白。この靴は、考古学者の、ミンドラム・W・C・ブリス博士のもの。ブリス博士は足が弱っているので、「運動靴」を履いていると、説明している場面。原文には、「スニーカー」となっている。

1920年代末、考古学者が「スニーカー」を履くには、それなりの理由が必要だったのであろう。スポーツ選手がコートでスニーカーを愛用するようになるのは1930年代はじめのこと。紳士がタウン・シューズとしてスニーカーが認められるのは、1950年代以降のことであろう。

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