山師は、金山師のことですよね。金山師と書いて「かなやまし」と訓みます。ごく簡単に言って、金鉱を探す人のことです。
でも「山師」にもいろんな意味あるみたいで。山師。古くは、「山伏」の意味でもあったらしい。
また、金山を探し、金山を掘ることは得てして投機話になることが多い。そこで投機話ばかりをする人のことをも、「山師」と言ったんだそうですね。
金山。山から金が出る。夢のような話ですが、日本でもその例がないではありません。たとえば、佐渡金山。またの名前を、相川金山。さらには「黄金山」とも。
慶長三年に、上杉景勝が、豊臣秀吉に金を献上したことがあります。これは佐渡の黄金山で採れた金を運んだものです。
あるいはまた、銀山温泉。銀山温泉は山形の尾花沢にある温泉地。これは野辺沢の山師が見つけた温泉だと伝えられています。つまり、当時の野辺沢には、銀山があったのですね。この地の「銀山川」も、その昔、銀が採れたことを雄弁に物語っています。
昭和三十年に、松本清張が発表した推理小説に、『山師』があります。これは徳川家康が、ある山師に、金山を探させる話が中心になった短篇なのですが。この中には、当時の山師がどんなふうにして金山を見つけるのか。そのことにも触れています。
山師には「中夜望気の法」というのがあって。五月から八月の間。月のない夜に山を眺めると、金色の精気が立ちのぼる。これはその山に金が埋もれている証拠なんだそうです。
また、松本清張はその時代の「金堀り」についても詳しく書いてあります。金堀りは金山を掘る以外にも仕事があって。敵の城攻め。金堀りはあっと言う間に敵城の下を掘って、爆薬を仕掛て、味方を導き入れたんだそうですね。
松本清張が1958年に発表した推理小説に、『遭難』があります。これは現代小説。この中に。
「われわれはリュックをおろし、ウインド・ヤッケをとりだして上から着た。」
これは登山中に突然雨が降ってきたので。松本清張の『遭難』には何度も「ヤッケ」が出てきます。
「ヤッケ」はもともと、ドイツ語。ヤッケjacke
は、本来「上着」の意味。つまりドイツ語での「上着」が登山用語になって、今のマウンテン・パーカーの意味になったものでしょう。
どなたかクラッシックなヤッケを仕立てて頂けませんでしょうか。