船の別れは哀しいものですよね。
昔は紙テープを投げあったりして。鉄道なら、あっという間に発車する。でも、船はゆっくりと視界から消えてゆく。
船での別れについては、池田 潔が書いています。『よき時代のよき大學』の中に。
「途端に、このイギリスの男はこちら見たまま、わつと泣き出したのである。泥の中に菓子を落した子供のやうに、声をしぼり、身をもがき、いやいやと頭を振って、ウオーウオと泣き出したのである。」
「イギリスの男」とは、ケンブリッジ大学で、池田 潔と同窓だった人物。名前は明らかにされていませんが、秀才。トライポスの一番を取り続けた男。トライポス は、ケンブリッジ大学での成績優秀者名簿のことなんだそうです。
「イギリスの男」、仮にA氏としましょうか。A氏は秀才を絵に描いたような人物。常に、冷静沈着。いや、少し冷徹、皮肉を好む人間として、二年間つき合ったという。
それがいよいよ、池田 潔、日本に帰ることになって。A氏は言った。
「見送りなんてセンチだからボクは行かないからね。」
それが、来た。ケンブリッジから四時間かけて。
「冷たいといはれるイギリス人の性格にも、こんな半面がある。」
池田 潔はそう結んでいます。『よき時代のよき大學』には、ケンブリッジ大学の服装も描かれています。
「午後になると、クリケットやテニスの白ズボン ( 中略 ) 各カレージや出身中學の校色に因んだ、赤青黄緑、色とりどりのスカーフやブレーザーを着けて……」
池田 潔は十七歳で、英国に。まず、リースというパブリック・スクールに入り、それからケンブリッジ大学に進んでいます。ということはブレイザーも着、クラブ・タイも結んだことでしょう。
お気に入りのブレイザーで。船で旅に出たいものですが。