ドイツとトリルビイ

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ドイツもまた、美味しいものがある国ですよね。
たとえば、ドイツ・ビール。たとえば、ハム・ソーセージ。たとえば、ドイツ・パン。
ドイツ・パンには、黒パンが多いですね。もう少し正確に申しますと、ドイツには美味しい黒パンが多い。
黒パンにバターをたっぷり塗って。その上にマアマレエドを乗せて頂く。至福であります。
少なくとも黒パンに最適の食べ方ではないでしょうか。
私の場合、決して贅沢は申しません。ドイツ風黒パンがあれば幸せ。フランス風バターで結構。イギリス風マアマレエドで満足。「エシレのバター」だとか「クーパーのマアマレエド」なんてこと決して申しません。おりこうな私であります。
では、黒パンとは何ぞや。小麦粉崇拝から解放された考え方なのです。これも一例ですが、ライ麦だとか。
ドイツには、「ロッゲンフォルコーン」r ogg env ollk orn という言葉があるんだそうですね。これはライ麦が90%以上含まれている粉のこと。これがまた「粗挽き」になりますと。「ロッゲンシュトロート」の名前で呼ばれるんだそうですね。
同じように見える粉でも、袋の隅に数字が書いてあって。「1150」とか、
「1800」といった具合に。この数字は「全粒粉度」を示すらしい。「全粒粉度」は奇妙な言い方ですが。要するに繊維質などもぜんぶ一緒に挽いていますよ、という指数。
この袋の数字が低い粉は、繊維質を省いていますよと、一目瞭然なのです。
つまりドイツでのパンは、「白き」がすべてではなくて。「ミネラル分」の高さに関心がある、ということなのでしょうか。

フランス人がフランスのバターに誇りを持っているように。イギリス人がイギリスのマアマレエドに誇りを持っているように。ドイツ人がドイツのパンに誇りを持っています。

 「パリになくて本当に残念なのはたったひとつ。ドイツのパン。」

その昔、女優のロミー・シュナイダーは、そんなふうに言ったことがあるそうです。
ロミー・シュナイダーは、ドイツに生まれ、育ち、パリで活躍したアクトレスだったですからね。
ドイツに生まれ、育ち、イギリスで活躍した作家に、W・G・ゼーバルトがいます。
1990年に、W・G・ゼーバルトが発表した短篇に、『異国へ』があるのですが。この中に。

「頭にはトリルビーに似た小ぶりの帽子をかぶり、しばらくして暑くなってくると、その帽子を脱いで抱えて歩いた。私の祖父が、夏の散歩にちょうどおなじことをしたものだった。」

そんな文章が出てきます。
トリルビイ tr il by はカーヴの美しいソフト・ハットのことです。イギリス語圏内では、
「トリルビイ」ということが多いようです。一方、フランス語圏内では、「フェドーラ」と呼ぶことが多いものです。
異口同音と申しますが、「トリルビイ」と「フェドーラ」は基本的に同じ帽子なのであります。それぞれが誕生した国籍が異なっているのです。
1895年に、ジョージ・デュ・モーリエが発表した小説『トリルビイ』の女主人公が舞台でかぶった帽子。
ジョージ・デュ・モーリエはフランスに生まれたイギリス人。しかも本職は、絵師。絵師がたまたま書いた、たったひとつの創作が好評に。世の中、分からないものであります。

トリルビイも、フェドーラも結局のところ、舞台の上で美しい女主人公が「男物」のソフト帽をかぶった。そこに驚きと新鮮さがあったのです。
どなたか完全なるトリルビイを作って頂けませんでしょうか。

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