ジャムとシルヴァー・ボタン

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ジャムは果物の砂糖煮ですよね。ジャムによく使われるものに、イチゴがあります。
生のイチゴはたくさんあっても、すぐには食べられません。でも、ジャムにしておきますと、保存ができるわけですね。
「ジャムパン」というものがあります。が、ジャムパンの中はたいていイチゴのジャム。イチゴジャムはジャムの代表というわけなのでしょうか。

「四ツ谷内藤新宿の勸農局にて、西洋風のジヤム、桃李などの砂糖漬を製され、八官町十七番地の長久にも賣り捌きますが、中々味がよく、追々お國で珍しいものができるのは結構でござります。」

明治十年『讀賣新聞』五月二十九日号に、そのような記事が出ています。見出しは、『ジヤム、砂糖漬製造』となっているのですが。
明治十年は、西暦の1877年のことで、わりあい早いジャムの紹介でしょう。毎年の「5月29月はジャムの日」。そんなふうにも言いたいほどです。

「………牛酪の罐詰、杏、桃、梅、種々の果物で製したジヤムの罐は……………。」

徳冨蘆花が、明治三十四年に発表した『思出の記』に、そのような一節があります。明治三十四年頃にはまだ、イチゴジャムは一般的ではなかったようですね。

「私、トーストをいただくわ、ヂヤミの……………。」

昭和十年に、武田麟太郎が書いた小説『一の酉』に、そのような会話が出てきます。
これは「おしげ」という女が食堂で注文する場面。これはイチゴジャムではないでしょうか。ただし昭和十年頃には、「ジャミ」の言い方があったらしいことも分かるでしょう。

ジャムが出てくる小説に、『魔の山』があります。1924年に、トオマス・マンが発表した長篇。背景は主に、スイスの保養地になっているのですが。

「ケーキにはマクロン、バタークリーム、チョコレート、ジャム、マルツィパンなどが入っていた。」

これは保養地での夕食の様子について。
また、『魔の山』には、こんな描写も出てきます。

「………銀ボタンのフロックコートを着、それに主人と同じ上等の麻の襟飾りをつけ、この襟飾りの中へきれいに剃った頤を、やはり主人とそっくりのやり方で埋めていた。」

これは語り手の祖父に仕える給仕の着こなしとして。「銀ボタン」は、シルヴァー・ボタンなのでしょう。当時の名家では、使用人の制服にシルヴァー・ボタンを用いることもあったのでしょう。
どなたかシルヴァー・ボタンの似合うブレイザーを仕立てて頂けませんでしょうか。

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