チップとチロリアン帽

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チップは、祝儀のことですよね。いや、チップと祝儀とは微妙に違います。
チップは、西洋式。祝儀は、日本式。宿に泊まる時、女中さんに渡すのは、祝儀。外国のレストランで、食事の後に置くのが、チップ。
でも、昔の日本にチップがなかったわけでもありません。
「酒手」。江戸時代の「酒手」は今のチップに近いのではないでしょうか。酒手と書いて、「さかて」と訓むのですが。

「………それかこれかと見合すれども終に酒手と云かねて………」

1692年に、井原西鶴が書いた『世間胸算用』に、そんな一節が出てきます。
酒手は、馬子などに少し渡す金銭のこと。今の時代に置き換えるなら、千円とか二千円見当。
「ご苦労様。まあ、これで一杯やっておくんなせい」
そんな気持ちのあらわれから、「酒手」。

フランスには今でも「プール・ヴォワール」の言い方があるんだそうですね。。直訳いたしますと、「一杯飲むために」。つまりは寸志のことであります。
なにか力仕事をしてもらった後で、少し金銭をあげる。これが、「プール・ヴォワール」。

「もし今度又君が来たら、この人にや特別に澤山ティップを置いて行つてくれ。」

芥川龍之介が、大正八年に発表した『路上』に、そんな文章が出てきます。
これは「俊助」が、友人の「大井」に対しての言葉として。場所は、とあるカフェ。カフェの「お藤さん」へのチップとして。
芥川龍之介は、「ティップ」と書いているのですが。当時のカフェではチップを置く習慣があったのでしょうね。

チップが出てくるミステリに、『眠りなき狙撃者』があります。1981年に、フランスの作家、ジャン=パトリック・マンシェットが発表した物語。

「約束のチップだ(テリエは腕時計を見る)二四時間勤務なのかい?」

これは物語の主人公、テリエがホテルの担当者「フィリップ」に、100フラン渡す時の科白として。
『眠りなき狙撃者』を読んでおりますと、こんな描写も出てきます。

「頭に乗った柔らかそうな緑のフェルトのチロリアン帽を手で押さえながら………」

これもテリエが旅に出る着こなしとして。
チロリアン帽は、もちろんチロリアン・ハットのこと。もとはスイス、チロル地方の民族衣裳の一つだったものです。
それが後に登山帽子となって一般に普及した歴史を持っています。
どなたかまっとうなチロリアン帽を作って頂けませんでしょうか。

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