冒険は、アドヴェンチャーのことですよね。私の日々は無冒険のうちにただ過ぎてゆきます。人は冒険がないからこそ、冒険を求めるのでしょうか。
戦後間もなくの時代に、『冒険王』という雑誌がありました。退屈な私は、『冒険王』の発売日を待ちあぐねて、本屋に「いつ出るのか」、毎日のように尋ねたものです。いつの時代にも、雑誌ほど興奮させられるものはありませんね。
冒険が出てくる小説に、『何処へ』があります。1908年に、正宗白鳥が発表した短篇。
「………偶然目についた棚の隅にある冒険家の北極紀行とを購った。」
これは神田の西洋書店で。正宗白鳥は、「西洋書店」と書いています。
本を買う前は、どうしていたのか。
「彼れは西洋料理店でウヰスキーを傾け、二三品の洋食を貪り………」
これも、神田。そこから本屋に向かうわけです。
1953年にエヴェレストに登った英国人に、ハントとヒラリーがいます。
「サウス・コルでの一夜。尾根を越える風が悲鳴をあげ、テントのキャンバス地はライフル射撃場のような猛烈な音を立てる。」
サー・ジョン・ハントは『包囲と攻撃』の中に、そのように書いています。
「腕時計は一一時三0分をさしていた。南峰から二時間半かかった。」
登頂成功の瞬間を、ハントはそのように書いています
。
冒険が出てくる小説に、『幸福者』があります。イギリス人作家、サマセット・モオムの短篇。
「でも、そいつはひじょうな冒険ですぜ」
これは、あるイギリス人夫婦がスペインに移住する話を聞いての反応として。
またモオムの『幸福者』には、こんな描写も出てきます。
「帽子も、スペイン人のかぶるつば広のソンブレロだった。」
「ソンブレロ」sombrero自体はもともと、「帽子」の意味。スペインの民族衣裳の一部としてのソンブレロも有名ではありますが。
スペインのグループ「トリオ・ロス・パンチョス」がよく舞台でかぶっていたものです。
どなたか街でもつかえる「帽子」としてのソンブレロを作って頂けませんでしょうか。