東京とドゥ・スキン

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東京は、日本の首都ですよね。東京にはたいていのモノがあります。
また、「東京」と言っただけで、大都会の印象が浮かびあがってくるでしょう。
「東京市」になったのは、明治になってから。明治のはじめには東京と書いて「とうけい」と訓んだそうですね。明治中期以降からは「とうきょう」に。
東京は歌の題名にもなります。たとえば、『東京ナイト・クラブ』だとか。1959年の歌謡曲。フランク永井と、松尾和子のデュエット。
デュエットでも、男声と女声が一節づつ交互に追いかける形式。当時としては珍しいデュエットだったそうですね。
1958年頃、松尾和子は赤坂のナイト・クラブでステージに立って、ジャズを。この松尾和子の歌に惚れたのが、フランク永井。毎晩のようにナイト・クラブに通って、松尾和子の歌を聴く。
そのうちに、作曲家の吉田 正にも松尾和子を聴いて頂いて。吉田 正も、「うん、これはいい!」。
それで「ヴィクター」からデヴュウすることに。
『東京ナイト・クラブ』を吉田 正が作曲し、その頃すでに人気歌手だったフランク永井と組んだのも、そんな事情があったのでしょう。
『東京ナイト・クラブ』は、B面。A面が、『グッド・ナイト』。『グッド・ナイト』は和田
弘とマヒナスターズとの合唱。新人歌手としてはなんとも贅沢なレコードだったわけですね。

🎶 どなたの好み このタイは(松尾和子)
🎶 妬くのは およしよ(フランク永井)
🎶 東京ナイト・クラブ(男女混声)

仮にAさんとしておきましょうか。Aさんは子供の頃、『東京ナイト・クラブ』を聴いて、こんなふうに理解した。

🎶 どなたの好み この鯛は
🎶 焼くのは およしよ

つまり鯛の食べ方を歌った曲だと思いこんでいたらしい。まあ、鯛は刺身でも美味しいですからね。

東京が出てくる小説に、『GIブルース』があります。1966年に、五木寛之が発表した短篇。

「表へ出てトーキョー・タワーのほうへ行ってみな。まだやっている店があるはずだよ、坊や」

これは深夜に、レストランの場所を教えている場面として。
五木寛之が同じ年に発表した小説に、『白夜のオルフェ』があります。この中に。

「………これ一着だけは質屋にも入れなかった演奏会用のドスキンのスーツを丁寧にプレスして着用した。」

これは物語の主人公の想いとして。
「ドスキン」は上質の生地の名前。日本語。正しくは、「ドゥ・スキン」doe
skin。雌鹿の皮に似せた生地のこと。厚く、丈夫で、光沢のあるウール生地。昔の日本ではフォーマル・ウエア専用という印象があったものです。
どなたかドゥ・スキンのスーツを仕立てて頂けませんでしょうか。

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