ランプとラヴァリエール

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ランプは、灯りのことですよね。今のように電気の時代以前には、多くランプが用いられたのは、ご存じの通り。
たいていは灯油で、これに火を点して灯りとしたわけです。ランプにはランプの芯があって、芯が灯油を吸うので、これに火を点したのであります。
この芯を包んでいるのが、「火屋」。ガラスのホヤ。いつもランプを使っていると、煤でホヤが黒くなる。黒くなったホヤは、掃除。この掃除の係はたいてい子供役目だったそうですが。

🎶 ランプ引き寄せ 故郷へ

むかし『湖畔の宿』そんな歌があったような記憶があります。今でも、電気ではなく、ランプを使っている宿もあるのでしょうか。
ランプが優れているのは、コードが要らないこと。コードがないので、室内装飾としては簡素美として仕上がりますから。

「例ならばラムプを持つて昇つて来る時分だ。晩飯の支度をするので、元と呼ぶ声が聞こえる時分だ。」

尾崎紅葉が、明治二十九年に発表した小説『多情多恨』に、そのような一節が出てきます。夕食時にはやはり灯りが欲しいですよね。蛍光灯よりももランプの方が美味しく感じられるのでしょうか。

ランプが出てくる小説に、『一粒の麦若し死なずば』があります。フランスの作家、アンドレ・ジイドの名作。創作的な自叙伝になっているものです。

「伯母と母とは、その頃はやった複雑な笠のついた石油ランプで明るくなっている大きな卓に近づくのだった。」

これは夕食がすんで後の様子。
また、ジイドの『一粒の麦若し死なずば』には、こんな描写も出てきます。

「………てかてかと額に垂れ下っていた髪の毛と、血色のラ・ヴァリエルのネクタイとを覚えている。」

これは同級生のネクタイとして。
「ラヴァリエール」lavallièreは、日本で言うところのボヘミアン・タイのことです。日本でも明治末期から大正時代にかけてずいぶんと流行ったものであります。
その昔、ルイ十四世の愛した姫「ラ・ヴァリエール」が好んだ結び方なので、その名前があります。
どなたかもう一度ラヴァリエールを復活させて頂けませんでしょうか。

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