鱧の皮とバーバリー

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鱧の皮は、美味なものですよね。鱧はもちろん中身を食べるものではありますが。皮は皮でまた乙な味わいのものです。
鱧の肉はかまぼこの材料にもなったりするんだとか。ですから、皮は余る。この余った鱧の皮を刻んで、胡瓜もみなどと和えて頂くわけですね。
上司小剣が、大正三年に発表した短篇に、『鱧の皮』があります。物語の背景は当時の大阪になっているのですが。
物語の主人公は、「お文」。お文の亭主が、福造という設定になっています。福造は訳あって、東京へ。
東京の福造は鱧の時期になって、鱧の皮が恋しくて恋しくて。東京には売っていない鱧の皮が。それで、お文に長い手紙を書いて、鱧の皮を送ってもらおうという筋なんですね。

「鱧の皮、細う切って、二杯酢にして一晩ぐらい漬けとくと、温飯に載せてちょっといけるさかいな。」

そんな科白も出てきます。お文は、迷いに迷った挙句に、鱧の皮を福造に送る内容になっています。

鱧が出てくる日記に、『つきじの記』があります。晩年の大佛次郎が書いた『日記』です。

「浜作」ではん落合い、コチ、ハモてりやき、鯛茶。

昭和四十七年九月二十五日の『日記』に、そのように書いてあります。
ここに「はん」とあるのは、舞踏家の竹原はんのことでしょう。
大佛次郎が昭和四十五年に書いた随筆に、『はいから紳士譚 序にかえて』があります。
『はいから紳士譚』は、大田黒元雄の名著。その序文としての文章なのです。

「大田黒さんに最初にお目にかかったのは遠く昔、戦前の丸善の二階の、洋書の棚の前だったと思う。」

そんなふうに筆を起こしています。たぶん、大正末期のことでしょう。
その時、たまたま、大佛次郎はレインコートを買おうとしていて。
「レインコートはどれが良いでしょうか。」
大田黒元雄に訊くんですね。すると、大田黒元雄は当時、本石町にあった唐物屋に案内してくれたという。
それはバーバリーのレインコートだった、と。

大田黒元雄の還暦の祝いの席で、大佛次郎は言った。
「音楽の本ばかりでなく、ご自身のこともお書き下さい。」
その結果として、『はいから紳士譚』が生まれることになったんだそうですね。

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