探偵のはじまりは、フランスという説があります。十九世紀の後半のこと。世界初の探偵の名前は、フランソワ・ドヴィック。ドヴィックは探偵になる前、大泥棒だったという。まあ、「蛇の道は蛇」とも申しますからね。
大泥棒であり探偵でもありといえば、アルセーヌ・ルパン。ルパンもまた、ドヴィックの伝統なのでしょうか。
探偵はそれほど身近かでもありません。が、探偵小説は親しい存在でしょう。夜、ベッドに入ってから拡げる探偵小説ほど、身近かなものはありませんね。もっとも、今はふつう探偵小説とは言わないようです。推理小説。推理小説でさえ嗤われてしまいそうで。「ミステリ」と言ったほうがより今風であるのでしょう。
「探偵小説」について、植草甚一が書いています。『神保町の島崎書店によく出たプルーフ・コピー』と題して。今は丸谷才一編の『探偵たちよ スパイたちよ』に収められています。
植草甚一の話は、昭和八年頃のこと。その時代には「プルーフ・コピー」というのがあったらしい。それはどうも本になる前の試し刷りのようなもの。ですからろくに表紙なんかは付いていなくて。でも、それがどういうわけか古本屋の店先に並ぶことが。もちろん、安い。植草甚一は「プルーフ・コピー」の中から「探偵小説」を探して読んだりした。……………。その話をえんえんと書いて、最後に二行ほど、こんな風に書いています。
「ジョン・ル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」のことが書きたかったのだが ( 中略 ) 予定がまた狂った。」
たぶん編集部からは、ジョン・ル・カレの、書評を頼まれていたのでしょうね。最近、こういう面白いおじ様が少ないのかも知れませんが。そのジョン・ル・カレの、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の中に。
「ジムが地面から包みを一つ取り上げて、すぐさまダッフル・コートの下に隠した。」
ジム・ブリドーは、もと英国の、秘密諜報部員という設定。
ダッフル・コートのなによりの特徴は、それが直接裁ちというところにあります。フードが無骨なのもそのためです。なぜなら、もともとは「ダッフル」という生地を使って、北欧の漁師が自分たちで、手作りしたコートにはじまっているからです。
結局、今もダッフル・コートの味わいは「無骨」なところにこそ、あるのですね。もちろん公園で探偵小説を読むにも、ダッフル・コートは、お似合いでしょう。