ドールは、人形のことですよね。でも、ドール doll にもいろんなのがあるらしい。
たとえば、「ドール・ハウス」。「人形の館」とでも訳せば良いのでしょうか。まず、小さな小さな家があって。キッチンがあって、バス・ルームがあって。そのひとつひとつが、百分の一くらいに、正確に縮小されて並んでいたり。
その昔、英国のメアリー皇太后に、このドール・ハウスが贈られたことがあるんだそうですね。メアリー皇太后は、ジョージ五世の妃。後のウインザー公の母君であります。
メアリー皇太后に贈られたドール・ハウスは、それはそれは美事な出来であったという。それは一個の完全なる邸宅であって、本館ばかりか、ガレージからそのなかに納められる自動車に至るまで、完璧の仕上がり。
本館にはもちろん、図書室があって、図書室には数多くに書物。この書物のひとつひとつが、実際に読むことのできる豆本だったそうですね。
これは、内田魯庵著『東西愛書趣味の比較』に出ている話なのですが。ロンドンには、「ブライス」という豆本専門店があって。ここでは切手の半分の大きさの豆本を仕上げたことがあるとか。
豆本は、「ビジュウ・ブック」とも。「宝飾本」というわけです。宝飾本であろうとなかろうと、読めなくては「本」の値打ちがない。で、たいてい専用の拡大鏡が添えられているわけです。「豆本通」になると、この拡大鏡を手に、活字の美について語ったりするのでしょう。
内田魯庵の友人に、市島春城という人物がいて。春城は、豆本の蒐集家であったそうですね。
内田魯庵はなにも豆本の話ばかり書いていたのではなくて。立派な小説をも書いています。それは『くれの廿八日』。明治三十一年のことです。この中に。
「靄然たるフロックコートの紳士は殊に………」。
これはあるパーティで乾杯する政治家の姿。明治の時代には、フロックがごくふつうに着られていたことが、分かるでしょう。フロック・コートは丈長の、両前の上着。ダブルのブレイザーを少し長くしたもの。どなたか、「モダン・フロック」を仕立ててくれませんかねえ。