夫とオーヴァー・シューズ

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夫は、妻ではない人のことですよね。妻があって、夫があって。これを夫妻というわけです。
夫は、古語の「男人」 ( をひと ) の訛った形からきているんだそうですね。

「親に別れ、子を尋ね、夫に捨てられ、妻におくるる……………………。」

世阿弥の『風姿花伝』には、そのように出ています。これは「物狂」を演じるにはどうすべきかを説いた一節に、あります
『風姿花伝』は、応永七年頃の成立だと考えられています。西暦なら、1400年頃のことでしょうか。つまり、その時代には、「夫」の言葉が用いられていたものと思われます。「夫」の有無はさておき、『風姿花伝』は六百年ほどの歴史を経て、名著でありましょう。演技の根源がすべて語られている点において。今の俳優は『風姿花伝』を熟読すべきでしょう。
『風姿花伝』を熟読したであろう女優に、高峰秀子がいます。高峰秀子の夫は、松山善三。高峰は照れて松山のことを、「オットどっこい」と呼んだりしたという。
松山善三のお父さんは、松山三朗。戦前は、生糸の貿易で財を成したそうですね。横濱で。自宅は、磯子にあって。
1956年。高峰秀子は、松山善三と結婚。高峰が松山との結婚を決めた時。磯子の家に挨拶に。その時、善三のお母さんは秀子に、こう言った。

「折角、結婚なさるというのに、うちが貧乏なのでなにもしてあげられません。あなたに働いてもらうなんて、ほんとうにすみません。ごめんなさいね」

高峰秀子は、このお母さんのひと言で、結婚を決定したそうです。
高峰秀子著『おいしい人間』に出ている話なのですが。
夫が出てくるミステリに、『グリイン家惨殺事件』があります。1928年に、ヴァン・ダインが発表した物語。

「夫がトビアス・グリイン様を知つてゐましたので………………」。

これはゲルトルード・マインハイムという、グリイン家の家政婦の科白。
今、私が開いているのは、昭和四年刊の、平林初之輔の翻訳。ざっと九十年前のことですから、いささか時代がかった文章ではありますが。また、『グリイン家惨殺事件』には、こんな描写も。

「これは靴の跡ぢやなくて、オーヴァーシューズの跡ですからね。」

ここでは「オーヴァーシューズ」が事件の謎を解く手がかりのひとつ。「オーヴァーシューズ」は何度も出てきます。
オーヴァー・シューズは今ではほとんど見かけません。一種の、レイン・シューズ。たいていは、護謨製。ふつうの靴の上から、重ねて履いて、防水に。古典靴といえば古典靴でしょうね。

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