革砥は、革製に砥石のことですよね。革製の砥石というのも妙な表現ですが、実際、そういった方が伝わりやすいので、仕方がありません。
つい最近まで床屋で見かけような記憶もあるのですが。男物のベルトを幅広く、やや短くした形のものが、革砥。
もちろん髭剃りに使う剃刀を研ぐための道具だったのです。昔の洗面所には必ず革砥が下げられていたものであります。
第一、当時は細長い片刃の剃刀が主だったものですから。今のように使い捨てということはなかったのですね。
「毎朝髭を剃るんでね。安全剃刀を革砥に掛けて磨ぐのだよ。今でも遣つてる。」
夏目漱石が、明治四十四年に発表した短篇『変な音』に、そのような一節が出てきます。漱石ももちろん、革砥をお使いになったお一人でしょう。
「不自由していた剃刀や革砥、爪切り鋏、おせいからの伝言などを持ってやってきてくれて、二晩泊って帰って行った。」
葛西善蔵が、大正十三年に書いた小説『湖畔手記』にも、そのような文章があります。
革砥が出てくる小説に『ロデリック・ランダムの冒険』があります。1748年に、スコットランド出身の作家、トバイヤス・スモレットが発表した物語。
「はるか昔からこの村で代々靴屋をしていた家の末息子であるヒュー・ストラップであった。」
ここでの「ストラップ」は、方言。正しくは「ストロップ」strop 。ストロップには「革砥」の意味があります。
また、『ロデリック・ランダムの冒険』には、こんな描写も出てきます。
「話の途中彼は西インド諸島で別れぎわに私と交換しあったカフスボタンを見せてくれた。そして私も彼と同じように大事にそれを取っていたことがわかると、彼は少なからず満足していた。」
これは「ロデリック」の話として。少なくとも十八世紀には、友人とカフ・リンクスを交換する習慣の あったことが窺えるでしょう。