プラタナスとプルオーヴァー

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プラタナスは、木の名前ですよね。背の高い木。よく街道などに植えられています。
日本語なら、鈴懸の木でしょうか。
🎶 友と語らん 鈴懸の径 通いなれたる 学舎の街

ご存じ、『鈴懸の径』の歌詞ですね。作詞は、佐伯孝夫。作曲は、灰田勝彦。歌ったのも灰田勝彦。昭和十七年のヒット曲ですね。

「大井は角帽の庇の下に、鈴懸の並木照らしてゐる街燈の光を受けるか早いか」

芥川龍之介が大正八年に発表した小説『路上』に、そんな一節が出てきます。
鈴懸の木は明治末期に、日本に伝えられたんだとか。大正のはじめには、もうお馴染みの木になっていたのでしょう。

「午前八時 すずかけの木の かげではしる 電車の霜も なつかしきかな 」

北原白秋は、『桐の花』の中に、そのように詠んでいます。

プラタナスが出てくる随筆に、『架空邂逅記』があります。フランス文学者の、渡辺一夫が、1949年に発表した文章。

「プラターヌの病葉が、時々、ゆらりゆらりと舞い落ちる。秋の終りの、ある夜更けのことだった。」

この時代背景は、1932年頃のことかと思われます。
渡辺一夫は、1931年から1933年にかけて、フランス留学中だったので。その頃の思い出話を、1949年になって、書いた一文なのです。
あらかじめ「架空」と断っているように、夢のような随筆になっています。とにかく、フランソワ・ラブレーに会った話なのですから。
フランソワ・ラブレーは、フランス中世の文士。渡辺一夫とはざっと五百年くらいの隔たりがあります。ふつうなら会うに会えない。でも「架空」ですから。
この『架空邂逅記』の中での渡辺一夫は、ラブレーに会って、食事をし、親しく話までしています。

「時刻がおそいせいか、ソルボンヌ広場のカフェ「クゥボック」は、ひっそり閑としていた。僕一人がお客だった。」

渡辺一夫の『架空邂逅記』は、この第一行からはじまります。ソルボンヌ広場のカフェ「クゥボック」は、その頃実際にあった店らしい。つまり『架空邂逅記』は、現実と幻想が行ったり来たりする内容になっています。
時間は夜の十一時半くらい。渡辺一夫はカフェで何をしているのか。キャヴィアを食べながらウオトカを飲んでいます。
と、突然、ラブレーがあらわれて。渡辺一夫はラブレーに連れられて、シテのビストロ「ラ・ミュール」へ。
この「ラ・ミュール」では、マルゴーの赤ワインを頼んで、トリップを食べる。食べるだけでなく、お代わりも。ワインも、お代わりを。そのうちに談論風発。ラブレーと渡辺一夫ですから、談論風発にならないはずがありません。
とにかく『架空邂逅記』は名著であり、奇妙な味わいの随筆の筆頭に挙げたいものであります。
渡辺一夫の『架空邂逅記』を読んでおりますと。

「だんだら縞のプルオーヴァーに鳥打帽子、両手をポケットへつっこんだまま、すたすたと通りすぎてしまった。」

これは深夜の巴里ですれ違った通行人について。
「プルオーヴァー」pullover はもともと、英語。その英語を借りてフランス語にしたもの。
プルオーヴァー。1930年頃には、すでに用いられていたのでしょう。
どなたか1930年頃のプルオーヴァーを編んで頂けませんでしょうか。

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