ヴィクターとヴェロア

ヴィクターは、音楽会社のことですよね。
Victor と書いて「ヴィクター」と訓みます。
もっとも今の会社名は、「ビクターエンターテイメント」なんだそうですが。
愛犬がご主人の声に耳を傾けている商標は、ご記憶にあるでしょう。
昭和三十三年にヴィクターを取材したお方に、大宅壮一がいます。

「ビクター盤は、すでに明治三十年代から日本に輸入され、犬のマークとともに、日本の洋楽ファンに親しまれてきたが、昭和二年、アメリカの資本で日本ビクターが設立された。」

大宅壮一は『ビクター』の中にそのように書いてあります。
当時の売上はレコード部門だけで、約7億円だったとも記されているのですが。
昭和三年のレコードに、『君恋し』があります。
時雨音羽、作詞。佐々紅華、作曲。歌ったのは喜劇俳優の、二村定一。

🎵 宵闇せまれば 悩みは涯なし みだるる心に うつるは誰が影

これを1961年に復活させたのが、フランク永井。
二村定一とはまったく異なった歌い方で。フランク永井の『君恋し』は最初売れなくて。それでも歌い続けているうちに、大ヒットになった歌なんだそうですね。
ヴィクターが出てくる小説に、『舞姫』があります。
川端康成が、昭和二十五年に発表した物語。

「ストコウスキイの指揮、ヒラデルヒア・オウケストラトの演奏、ビクタアのレコオドであつた。」

これはロシアでの光景として。
また、『舞姫』には、こんな描写も出てきます。

「いい加減なせんたく屋に出すもんだから、水洗いされて、ベロアのけをだめにしちやつた。」

これは「矢木」の言葉として。
チェコ製の高級帽が台無しになってしまったことを。
ここでの「ベロア」は、「ヴェロア仕上げ」のことでしょう。
フエルトの表面を長い毛足と仕上げた帽子のこと。
生地のヴェロアvelour に似ているので、その名前があります。
ヴェロアの帽子は専用ブラシで丁寧にブラッシングすると、奥から美しい光沢が生まれてくるものです。
どなたかヴェロアの帽子を作って頂けませんでしょうか。